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「聖女とはなんぞや?」  作者: イチイ アキラ


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3/5

3 人に歴史あり、そこに良き国があり。


「見えた! このまま北西にまっすぐ!」

 黒い旗がひらめく船。

 翼広げた鷹を肩にとまらせた女神像が切っ先をきる。そのベールを被った女神像が――今は何だかベール被った、何だか何だかとっても恐ろしげな存在に感じるのは気にしちゃいけない。


「よぉーし!  アンタら気張りな! 《紅鷹》に続くよう!」

「黒鎌の、先走りやがって……おいテメェら、負けてんじゃねぇ! 酒樽にぶち込まれてぇか!」

 他にも黒い旗を掲げる船が続く。

 黒い旗はそれぞれモチーフは違いながらも、共通点はある。


 髑髏が描かれている。


 旗艦はもちろん――髑髏と翼広げた紅目の鷹。


 《紅鷹》。

 それはかつて、この海域で猛威を振るった彼らの旗艦――大海賊の。


「皆さん海賊だったんですねぇ……」

「元、ですけどね」

 《紅鷹》に乗せてもらったお姉さんは終始ポカンと口を開けっぱなしだ。

「まぁ、話せば長いんですが、今は皆、あの街のおかげでまっとうにお日様の下で生きていけるようになりまして……」

「いやいや、すごいですよぉ。良い街で、私、すっかり好きになりましたもん」

 何て嬉しいことを。

 お姉さんに応えるギルバートは普段の穏やかそうな印象を少し取り戻していた。


 しかし先ほど彼の姿に、他のおじさまたちが涙ながらに語っていた。

「先代の生き写しじゃった……」

「さすが、三代目と同じ目ぇを……」

「やっぱり五代目とお呼びしてはいかんかのぅ……」

 お姉さん、何となく察した。

「老舗海賊が商売換えした、その若旦那がギルバートくんだな?」

 何ともあっさりと納得されて、ギルバートは苦笑してうなずいた。

「そんなところです」

「そっかそっか、あの街はそうだったんだ」

 お姉さん、今が平和なら無問題です。


 そもそも悪い国なら、今、自分がここに(・・・・・・・・)預けられているはずがない。


 それに今は大事なお友達を助ける方が大事。 

「よしよし、ね、おじさまたち。私こういうのまだよくわからないのだけど、この帆? っていうの? 風がいるようね?」

 見れば皆さんがあちこち走り回っている。久しぶりの操船で大変そうだ。

 そして大きな柱に張られた大きな布。帆というそこが風を受け、それで進んでいると教えてもらった。

「あ? ああ、そりゃ風で進んでるぜ?」

「これって、この向きでいいの? 後ろからで?」

 お姉さんが何を尋ね始めたのかと皆さん不思議がるが……そうだった、このお姉ちゃんは大変な暮らしをしていたんだと思い出して。こんなことも知らなかったなんて。ほろり。

「え、まぁ追い風ならありがたいなぁ。さらに斜め後ろからの方がありがてぇ。三本立ての四角帆だからな、この船」

「つっても、相手の方も風強かったら困るけどな。あっちは向かい風だと助かるんだが」

「まあ、この《紅鷹》に追いつけねぇはずがねぇ!」

 説明を受けてうなずくお姉さん。

「ふんふん、なるほど。追い風に向かい風――ですって、神さま?」


 ――え?


 皆が、今、何をとお姉さんに尋ねる間もなく。


 ゴウッ――と、風が吹いた。

 




 少女のまとう恐ろしいほど威厳ある気配に、ジャスバーグたちはよろめいた。つつっと落ちた汗に逆に背筋が凍りそう。

「……せ、聖女、さま……?」

 聖女とは神々しく、慈悲深く、そして何より美しい……のでは。

 少女は粗末な寝台に腰掛けているだけでとてつもなく美しいが、黄金色の瞳は――慈悲の欠片も見えない。

 少女はまた、形良い唇から、その年の子供とは思えぬ強い声を出した。

 彼らが感じるそれは、威厳からによる畏怖。


 いや――彼女は生まれながらにして身に備えていたのだ。



「我を先の王弟、グランザード・カフシャーンが唯一の子、フィアラルージュ・カフシャーンと知っての狼藉か?」



 おうてい?

 ただひとり? こ?

 思考がまとまった瞬間、ジャスバーグたちは悲鳴をあげた。


 この目の前の少女は――王族。


 そうだ、この国の王族は黄金色の瞳をしていると有名だ。

 神に愛された国の、富の証のようだと……!


 つまり自分たちはこの国の王族を誘拐してしまったのだ。いやどうして、街のものたちがひっそりとうやうやしく接していたわけだ。

 いやいや、そもそも聖女を誘拐するのもどうかと思うが、聖女ならば彼女の心次第でどうにでもできると思っていた。


 聖女が我が国に慈悲を向けてくれたら、神がそうだと許してくれるということ。

 神が許したもうたならば、元の国も文句は言えないはずで。そうしたもののはずで。


 かつてあったことなのだ。

 聖女が貧しい隣国を哀れみ、遷ったことが。それはその国には新しい聖女が生まれていて、余生をまた人の役にと――本当に慈悲深い聖女さまがいた時代。聖女が本当に大切にされていた時代。


 ――現代ではあり得ない。


 そうした前例があるならば、自分たちもどうにかできると思っていた。

 数ヶ月前にも、どこかの国で、聖女が神に取り上げられて別の国に遷ったらしいと噂になっていたし――。


 ――こんな幼い小娘ひとり、どうとでも懐柔できると思っていた。


 攫ってしまえばこちらのものだし、海の上なら逃げ場もないし。

 子供ならば、ちやほやと甘やかしてやれば。菓子と甘い言葉と、己のようにきれいなものをあてがえば。

 きっと上手くいくと。


 しかし、王族誘拐では話はまったく違う。


「ジャスバーグさま! 至急甲板へ!」

 彼らが固まっていると上――甲板にて操船していた水夫が慌てて駆け込んできた。

「な、ど、どうした!?」

「海賊です!」

「は、はぁ!? 海賊!?」

 何だってこんなときに海賊が? この海域は十数年か前に海賊の類いは沈静化させられて平和だと聞いていたのに。その恩恵を、海の向かいの彼らの国でも。

 突然の乱入に驚いたがやることは決まっている。

「何だ、海賊の一隻や二隻、逆に沈めてやれ」

 期待を背負ってきた彼らの船は最新式。装備だって内装だって。

 こちらはそれどころではない。

 だけど水夫さんの方がもっとそれどころではない。

「目視だけで十隻はいます! それらが猛スピードで迫ってきています!」

「は――!?」





「迎撃はするな!」

 あちらにはフィラが乗っている。

 しかしあちらの大砲も不思議と逸れる。

 弾は確かに狙われているのだろうが舵を握ったベテランのおじさまたちの腕。たまにヒヤッとする狙いもあるが、《紅鷹》に乗ったお姉さんが「こっちくんな」となんか変な動きする度ヘロヘロと逸れて海に落ちていく。

「乗り込むぞ!」

 彼らの狙いは近づいての白兵戦。フィラを無事に取り戻すにはそれしかない。

「そぉい!」

 左舷から近づいた船から黒い鎖が伸びる。黒鎌と呼ばれた女将さんの船だ。

 いつもはエプロン姿で朗らかな女将さん。今は房飾りがついた長いコートが粋な、何とも男前な男装姿だ。

 しかしぶんぶん振り回しているのは鎖鎌。

「先に行くよう! バネッサ、船は頼むわ!」

「あいよぉ、姐さん!」

 返事をしたのは舵取りしている妹分。いつもは煮物屋の女将。彼女の姿も、また。

 黒い鎖が伸びて引っかかると、彼女の姿はあっという間に誘拐船の甲板にあった。歴戦の動きだ。

「さぁ! うちの姫さまさらった阿呆はどいつだぁい!? 肉ぅ削ぎ落として一口大の切り身にしてあげようねぇえ!!!」

 黒い鎌がぎらりと光る。





 かつて、この海域は海賊の猛威に荒らされていた。

 聖女に守られた国――だからこそ。

 その豊かさを、貧しい国のものたちから。羨まれたり、妬まれたり。そんなに幸せなら貧しい自分たちにもわけてくれよと。逆恨みに。理不尽に。


 あるきっかけがあった。

 この国の王族が、動いた。まさか最下層の貧民の――他国の海賊たちのために。

 それは奪われる自国の民たちを思いやってのことだったかもしれないが。それでも救いの手を伸ばしてくれた。

 本当に別けてくれたのだ。幸せを。


「うちの国においでよ」


 年の離れた兄王を説得し、寂れていた漁村を彼らのために整えてくれた。

 そこで獲れたり育てたりした魚介類を、王都や他の街にも流通できる道を整備して。

 君たちみたいに海に、船に巧みなら、漁だって簡単だよねとプライドをくすぐってくれた。

 海賊たちとて、望んで非道なことに手を染めていたわけではない。生きるために仕方なく、そうしたものたちもいた。

 長い時間はかかったか街はできた。


 長い時間――王弟殿下はその間に不慮の事故で亡くなられてしまった。それもまた、他の困っているものたちを助けるために奮闘なさっている最中の、本当に不幸な事故だった。

 数年前にこの国の聖女も年老いて亡くなれていたので、ちょうどその揺り返しの時期であったと皆が嘆いた。


 だが、彼の行いは他のものたちの心を動かしていた。

 今では王になっている王太子も、兄のように慕っていた叔父の思いを引き継ぎ、良き治世を目指している。そんな王太子の背を見て育った、他の王子たちも。


 フィラはそんな先の王弟殿下が残された一粒種。遅くにできた子だが、皆が愛した。フィラも父を尊敬していた。父の名に恥じない人間になろうと。

 派遣されている教師たちもまた、王弟殿下の行いに賛同や影響を受けたものたち。


 引退なさる先の王太后が、フィラのために残された王弟の領地をしばし預かり治めることとなり、フィラもその領地に向かう途中。

 父が整えた小さな街を、彼女は愛おしく思った。


 この領地も――いずれ彼女のものになる。


 父の行った仕事を直に見たい。暮らしたい。

 彼女の気持ちを先の王太后も、王たちも理解した。


 国の、領地の本当に端の端だが、そこも大切な領地には違いない。


 今は父の配下だったものが治めてくれていた。彼は海賊たちとの折衝にも命がけで取り組んでくれた父の忠臣。

 それがギルバートの父。

 彼もまた、海賊の娘と恋に落ちるとは思わず――。


 命がけで、自国の民だけでなく、こんな非道な自分たちのためにも働いてくださった。

 海賊たちも、そこまでしてくださる方々に頭を下げた。気持ちを受け取れないほど、まだひととしての在りようが歪んではいなかったのが救い。


 海賊たちも一枚岩ではなかった。互いに縄張りをもち、命の取り合いすらしていた。

 かつて片脚を切り落とされた男は。親を殺された娘は。己だけが不幸だと思ってすべてを恨んでいたものは。

 仇同士の彼らは色々飲み込んだ。

 頷いて、手を取り合った。握手で。

 今日も港で歌をうたい、互いに心底から笑いあう。

 

 そんな街なのだ。

 日陰者だった彼らが、しっかりと大地にも足を付けて生きていける。

 生まれる我が子たちも。その孫も、その先も。

 生まれ落ちた国では、戸籍すらなかった自分たちが。


 一人の生きた人間として認められた。

 

 戸籍すらなかった最下層の貧民だった自分たち。国を捨ててもなんら問題はなかった。

 むしろかつての故郷は、海賊がいつの間にかいなくなったと……理解もしていなかった。


 それが、国の差。上に立つ者たちの決意の差。人々の思いの気高さの差。

 だからこそ、この国は聖女が――神に認められた国なのだ。



 そんな街なのだ。

 皆がフィラを、大恩あるお方のお子様を――自分たちの街を愛してくださる大事な子を。

 傷つける愚か者はいないと思って油断した。

 まさか、外の国から。

 かつての己たちのような。貧しさを――その真に貧しいのは非道を諦めて受け入れていた、魂の愚かさを思い出せるような。


 攫われたら怒髪天つくのは、当然。



 

 

 ちなみにフィラちゃんの母君は存命しています。亡き旦那さまの意志を継いであちこちで働いてる。ちゃんと年に何回か逢いに来たり行ったり。

 

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