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1 海の街と聖女さま?

拙作「私、いらないらしいですよ。神さま」https://ncode.syosetu.com/n2268ik/

を読んでいただけていたら、なにやらちょっと面白みが増えるかと思いますが、こちらだけでも楽しんでいただけると嬉しいです。

「聖女とはなんぞや?」


 幼くも形良い眉を寄せて、フィラが「うんん」と悩んでいることに、ギルバートも「うーん」と同じように悩む。


「聖女、とは?」





 フィラはこの海辺の街が大好きだった。お婆さまに逢いに行く旅の途中に立ち寄って数日間過ごしただけで、遠くまでキラキラ光る海、穏やかな波、柔らかな感触を足裏に伝える砂浜……が、すっかり好きになった。たまにチクッと貝が刺さるが、それはいつもきれいで踏んで見つけるのも楽しみのひとつ。海がフィラのために宝石のような貝を贈ってくれているのかと。


 ここに自分も住んでみたいなぁと思って近くにいたものたちに言ってみたら、何と願いが叶っていた。


 海が、街が見下ろせる丘の上。そこにある領主さまの別邸にフィラは住むことになった。そう、おじさまたちが手配をしてくれたそうだ。

 そこは領主さまのお婆様がかつて晩年を暮らしていたところで。家具などは少しばかり古めかしいが、住めば穏やかな時間が流れていく。おじさまたちに囲まれて暮らしていたフィラには何とも落ちつくところだった。

 この海が見下ろせる丘の上のお館がすっかり好きになった。

 領主さまの息子である一つ年上のギルバートが、ちょくちょく遊びに来てくれるのも嬉しい。

 今日は港に遊びに行ったら、最近この街に越してきたというお姉さんと仲良くなった。


「魚、おいっし……っ!」

「でしょうでしょう」

「貝も美味しいんですよ。あ、牡蠣! これは生でも!」

「レモン絞ってかけて、あ、辛いの平気ならタバスコも!」

「え、辛いの平気平気。ちょ、おじさま、おかわりください! 両方いきます!」

 牡蠣がドンと大皿で来た。

 港にはこうして浜焼きできる場所がある。観光客向けだが、こうして地元のひとも利用する。むしろ観光客が珍しいのはお約束。

 港で働くおじさんたちは皆優しい。うろちょろする子供たちにも温かい眼差しだ。子供たちもいつか海の漁師、海女や浜の女将さんになる予備軍。将来が楽しみだ。

 今日はよく食べるお姉ちゃんにも。

 我が街の魚を美味しいと褒めてくれるひとは良いひとだ。

「お姉ちゃん良い時期に来たなぁ。牡蠣は今が旬!」

「旬ですか!」

「おうよ、牡蠣は食える時期とちょっと無理な時期があってなぁ……」

 領主さまの息子さんたちが知り合って連れきたお姉さんは、最近まで山の方で暮らしていたそう。


「魚なんて贅沢品、年に何回食べれたかしら……。それも塩漬けか干物……。貝、初めて食べた……生で食べられるなんて知らなかった……」


 そんな話を聞いたら、港がざわつく。

「魚が、贅沢品……だと……」

「貝を、食べたことなかった、だと……」

「くぅ、泣かせるねぇ……たんと食べないお姉ちゃん!」

「ほら、煮魚もできたよ! 白いご飯もいるかい?」

「ほうほう煮魚ですか? え、魚って煮れるの? 焼くだけじゃなく? 何これほっくりして美味しい……うわ、ご飯とかっこめちゃう! やだー太っちゃうー! でも止むなし! 悔い無し!」

 いい食べっぷりだ。

 浜の女将さんたちが次々と自慢の腕を振るう。

「このお姉ちゃん、どんだけ貧しい地方からきたんだよ……」

「うう、ほっそい腕して……」

「いやいや、たぶん、私がそういう場所で暮らしていただけで……たぶん? 他のひとは食べていた、かと? 始めは黒パン一枚だけでしたし?」


「……それ、虐待」


 誰かがそっとつぶやいた。

 首を傾げるお姉さんに、大変な境遇にいたんだと察したおじさまおばさま。皆、そっと目尻を拭う。

「頑張って強く生きてきたんだねぇ」

「安心しな、この街に来たなら、もうそんな食いっぱぐれるこたぁねぇ!」

「は、はあ、ありがとうございます? あらやだ、いつの間にかお茶碗が空に……」

「おい、おかわり大盛りで!」

「はいよ! フライも揚げたて食いな!」

「フライ? あ、油!? ぜ、贅沢品の極みじゃないですか!? こんな……こんな――あっつぁ!? うまっ!?」

 ……そっと、皆、また涙を拭いた。

 あちあち言ってるお姉ちゃんにそっと冷たい水を出しながら。

 

 ギルバートとフィラもしっかりと食べた。ちなみにここの料金はギルバートがいるときは彼のツケだ。彼とフィラのは後日領主さまの方から精算される。そういうシステム。

 まぁ、子供の食べる分などたかがしれているし、後にこの街を治めるギルバートにしっかりと港のあれこれを見て経験してもらう方が大事な港の親父さんたちの気持ち。

 今日のお姉さんのはギルバートの奢りのはずだったが、漁港の皆さまに食いっぷりを気に入られたお姉さんの分は皆さんからの奢りになった。むしろたんとお食べ。



 そんな楽しい海の街暮らし。

 平和に、平和に、暮らしていた。


「この街に聖女がいるはずだ」


 そんな一団が現れるまで。




「聖女?」

 街でそう尋ね回る人たちがいると、ギルバートはフィラを心配して訪れた。物騒だからしばらく気をつけて、と。


 でもまぁ、この街で――国で、フィラに何かしら手を出そうとするお馬鹿さんはいないだろうけど。


「聖女とは?」

「うーん、僕もまだよくわからないんだけど……」

 ギルバートは親や教師に聞いたことを思い出す。この部屋にもフィラの教師を兼ねる側仕えの方々がいるが、今は子供たちが自分で考えることを大切と、口出しは控える姿勢。


「聖女ていうのは、神さまに愛された存在なんだって」

「神さまに?」

 まあ、それって?

「この国とか、周りの国とか、神さまに守れているよね? その神さまに特別大事に思われるひとだって」


 そう、この世界は神の恩寵によって創られた。

 大地も海も空も。

 神によって成り立っている。


「聖女がいると、神さまにより良くしてもらえたり、聖女によって特別な恩寵を与えてもらえたりするんだって」

「へぇえ……」

「あ、でも、聖女は神さまに国のことをお伝えする役目もあるんだって」

「あ、それはなんかわかる。伝令役ね?」

「そうそう。聖女を大切にしない国は、神さまにも大切にしてもらえないんだって」

 合ってるかな、とギルバートは側仕えのひとに確認すると、大丈夫だと頷かれた。

「数ヶ月前ですが、聖女さまに酷いことをしていた国が、罰を受けました。そして聖女さまも神により取り上げられたそうです」

 側仕えはちょうど良い教育の時間とした。子供たちが興味を持ったときこそチャンス。


「聖女さまが国に存在し、つつがなく過ごされていること。それこそ国の信用にもなります」


 聖女がつつがなく過ごされている、それこそ良い国の証。それだけで信用できる。


「聖女とは、そうした象徴でもあるのです」


 ――だからとあるその国は、聖女の出生と見た目があまりよろしくないことによって、侮った。

 聖女と言えばやはり神々しく、慈悲深く、そして何より美しいだろう――と。


 そんなことは聖女さまには――神には、知ったこっちゃねぇことで。


 聖女だって人間だもの。


「それを理解し、人間だと尊重するのは大事だよね」

 うんうんと子供たちは頷いた。

「でもそれなら、はじめから聖女さまがいない方が良い気もする……」


 天罰怖い。

 それも当然の感想だが、そうでもないと優しく説明は続く。


「そうでもないのです。聖女さまがいらっしゃることにより、国は安定いたします。自然災害も減り、魔獣、この地方では海獣の方が怖いですが、その活動も減り。気候も穏やかになり、作物などの実りもよくなります。海も同じように」

 聖女が国にいるだけで。

「愛する聖女さまが幸せであるよう、神のお力が注がれると言われています」

 それはつまり天然の御守り?

 いや、神さまのお力の受信機?

 それが神に愛された存在。なるほど。


 それならば聖女がいない方が、困る。


「そもそも、天罰が落ちる方が難しくない?」

「そうだね。聖女さまだけじゃなく、人を大事にするって当たり前のことだもんね」

 子供はときに正しいことを言う。

「聖女さまが幸福に天寿をまっとうなさった国は、新しい聖女さまがお生まれになるまでも緩やかに安定しているともあります。その国は、聖女を大事にする土壌があると、神が認めてくださるよう」

 緩やかに、である。確かに徐々に苦しくはなるが、それはまた新しい聖女が生まれるまでの政治の見せ所。むしろ聖女さまが天寿をまっとうなさったならば、国は、ちょっとやそっとでは揺るがないはずである。

「そういう国には、神はまたすぐ新たに聖女さまをもたらしてくださるとも」

 そして再び聖女さまがお生まれになってくれるよう、国を良くしておくのだ。神がその愛し子を寄こしてくださるように。

「それがまさに、今の我が国でございますね」


 そう、子らは知らなかったがこの国では十年ほど前に聖女さまは亡くなられた。


 ……だが。


「聖女さまって、一つの国に一人しかいないの?」

 側仕えが「さま」と呼んでいることに、フィラたちも敬う存在なのだとも理解した。賢い子らだ。

 まだ十歳そこそこだからこそ、将来が楽しみなふたり。

「普通はお一人もいたらすごいのですが、かつて同時に四人、ないしは五人もの聖女さまが存在した国もあったそうですよ」

「同時に?」

「ええ、その国は、たいそう聖女さまを、そして神を大切にしていたお国です」

 この国よりはるか遠い大国だった。

「じゃあ、聖女さまは同時に何人もいるんだぁ……」

「神の愛は広くあるのですよ」

 この世界はあまねく神により守られている。

「聖女さまが生まれたらどうするの?」

「もちろん、つつがなく過ごしてはいただけるようにいたします。ただし、聖女さまも人間であることは大事な事と、先ほどお話しましたね?」

「うん」

 人間である。神に愛された存在ではあるが、神ではない。

「崇め尊ぶことは当然ですが、ひととしても大事なことを教え、導くこともまた、聖女さまご自身のためにもなります」

 この国はそのように聖女を扱ってきた。特別視はするが、他の人間と同じように、笑って過ごせるように。


 それが良いのだろう。


 この国は聖女が、長期間途切れることはない。

 神に認めていただけているのだ。


 聖女が――神の愛し子が幸せに天寿をまっとうできる国。


「何より、重ねて申しますが国に聖女さまがいることが、良き国の証。他の国への信用となるのです」

 国同士の様々なやり取り駆け引き、信用あるなしでだいぶ違う。聖女さまがいるかいないか、で。


 この国は神の力がきちんと届いているから、取引しても大丈夫――だと。


 それならば、先ほどの国の話がやっぱり気になった子供たち。

「何だってさっきの国は、聖女さまに酷いことをしたの?」

 そんなに大事な存在なら。大切にして、助けてもらう方が良いに決まっている。子供にだってわかるのに。

 教師は少し嬉しそうに、だが話す内容は哀しそうに微笑んだ。この子たちは本当に聡い良い子たちだな、と。


「昨今、忘れている国も多いのです。神の声を聞けるほど、強い力をもった聖女さまが生まれる事も減り、聖女さまならず、神の存在すらも、忘れて、ないがしろにしてしまうのです……また、聖女さまによる恩寵を当たり前のことと、感謝を忘れておごってしまうのです……」


「……つまり、調子に乗った?」

「ギルバートくんは本当に理解が早い」

 教師は苦笑するが、フィラはギルバートをすごいと、きらきらした目で。


 何故、この教師がそんなにも詳しいのか。

 それは神殿から来た、聖職者の端に名を連ねる方でもあったからで……――フィラのために来てくださっているお方だった。フィラにはこうした多岐に渡る教師がついていた。


 その後も、さらに詳しく聖女について教えてもらった子らだった。

 聖女とは……――。



前の国では実はお魚食べたことなかったお姉さん。(ひっそりこっそりご飯の処に仕込み済み)

そもそも、あんまり食べ物詳しくなかった。食べたことがなかったしそういうものだと思い込んでいた生活環境だったから。ほろり。


聖女という存在。神の愛し子。

はてさて、この世界ではこのように――。

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