1.聖水の色(1)~エレン
中央神殿での洗礼の儀のあと、家に帰ると、お屋敷中が、とても慌ただしくなっていた。
お父様は、神殿に残って、その後直接、王宮に行くということだった。
そのため、家に着いたのは、わたしとお母様だけ。
ホールに入って、脱いだ帽子をメイド長に渡したお母様は、近寄った執事を少し待たせて、わたしの専属メイドのエレンを呼んだ。
「エレン、疲れてると思うから、ゆっくり休ませてちょうだい。あと、しばらくは外出は控えさせるから。よろしくね。」
「かしこまりました。」
エレンは深々と頭を下げてから、「参りましょう、お嬢様。」と、手を引いてくれる。
エレンは、メイド長の子で、16歳、わたしが生まれた時から傍にいてくれる。
エレンの手をぎゅっと握り、横を歩いた。
後ろでひとつ結びにした彼女の栗色の髪が、リズムよく揺れるのを見ていると、
(ああ、帰ってきたわ。)
と安心して、わたしはふふっと笑った。
すると、エレンも、わたしを見て嬉しそうに笑う。
「美味しいお菓子を用意しますね。お嬢様」
「うん!」
部屋に戻り、ラベンダー色の小花柄の小さなソファにトスンと座ると、濃青色のラグで寝そべっていた白猫のリリーがむくりと起き上がって、するりとわたしのお膝にのぼってきた。
「ただいま。リリー。」
リリーは、わたしの右手の平を、鼻先でくんくんと嗅いで、ぺろりぺろりと舐める。
「やだ、リリー、くすぐったいわ。」
エレンがミルクティーを入れながら、くすりと笑う。
「お嬢様の右手が甘いのかもしれませんね。神殿でお菓子をいただかれました?」
「う~~ん。何か食べたかしら?」
なんだかそれどころじゃなくって、あまり思い出せない。
わたしは、右手を鼻先に持ってきて、くんくんと嗅いでみる。
「甘い匂いはしないわ。」
そう言ったところで、ソファの前のテーブルに、エレンが、甘い蜂蜜入りのミルクティーと、ふっくらとした黄金色の焼き菓子を置いた。
とたんに、ぐ~~とお腹の音が鳴る。
ずっと緊張していたので、急にお腹がすいてきた。
わたしは、カップを両手で取って、甘いミルクティーをこくりと飲んだ。
「・・・でしたら、もしかして、聖水でしょうか。女神様の加護の宿った聖水は、野生に近い動物たちほど、甘く感じる、と聞いたことがあります。」
わたしは、ずっとすりすりと擦り寄っているリリーを眺めて、耳の付け根をくりくり撫でると、リリーは「なぁ~~」と鳴いて、気持ちよさそうにコロンと転がった。
自分の好きな物に囲まれて、空腹も落ち着くと、冷えていた心も落ち着いてきた。
「ねえ、エレン。」
「はい、お嬢様。」
わたしが、ぱっとエレンを見上げると、エレンは、ぽっと頬を赤くした。
「エレンのときは、聖水は何色になったの?」
そう、今日神殿で、慌てて出てきたから、わたしは自分がどんな力を授かったのか、教えてもらっていない。
そういえば、「良い力を」と言ったあの怖い王太子殿下や、「あとで話そう」と約束した従姉妹のルナ様は、どうだったのかしら?
この国では、ほとんどの人が女神様から守りの力を授かり、生活に役立てている。
とくに、国を守る王族や貴族は、強い加護があり、聖水の色が変わるくらいの強い力を授かる。
ベルガー家では、わたしたち家族はもちろん、貴族出身の使用人には、比較的強い力を授かる人もいた。
「わたしは、薄い緑になりました。風の力です。」
エレンが右手の人差し指をゆっくり動かすと、小さな風が起こって、リリーの柔らかな毛並みが、そよそよと動き、リリーはぴくぴくと耳先を動かした。
「うふふ、エレンの力、優しくて好きよ。」
エレンはとても嬉しそうに頬を染める。
「マリアージュ様は、何色になったのですか?」
「わたしはねー、はじめは青色になって。」
洗礼の儀を思い出しながら、一生けんめいに伝える。
すると、エレンは、うんうんと頷いた。
「それから、金色になって、白くなってピカーって眩しく光ったんだ。」
両手を大きく広げてそう言うと、エレンは、視線を上に向けて少し考えてから、最後はぽんと手を打って、目をきらきらとさせた。
「ベルガー家のご加護は、瞳と同じ深い青色『水の力』ですもの。金色はちょっとわかりませんが、白色はとても珍しい『聖の力』かもしれないですね! 聖水が光を放つなんて、そんな神秘的なことが起こるのは、お嬢様は、やっぱり特別なのです!」
それから、エレンは、聖水の色と授かる力の適性を教えてくれた。
赤は火の力、青は水の力、緑は風の力、黄は土の力、白は聖の力。
ある程度の力があれば、聖水の色が変わり、力が強いほど、色が濃くなるらしい。
(なんだか、面白いのね。そうだわ! 明日、みんなに聞きに行きましょう。)
読んでいただき、ありがとうございます。
依代の魔女(王国編)は、1作目(100年の眠り編)に比べて、ファンタジー要素が強めです。
魔力供与者が4人もいるので、世界に魔力が溢れています。
このため、国の人々も、その恩恵にあずかり、魔法が使える人も多くいます。
白猫のリリーですが、イメージはスコティッシュフォールドです。
ちなみに逢七は猫派ですが、我が家で飼っているのは、柴犬オスです。
多数決に負けました。