表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白いぬくもり

作者: 愛瀬 燈

「ゆう!朝よ!

もお〜あの子ってばいつもこうなんだから…ゆう…!」


…っ!

「ああああああ!!

やばい!やばい!また寝坊した!!」


ドンドンドンドンドン(階段をかけおりる)

「いってきます!」


「こら、ゆう!朝ごはん」

「時間ない!いってきます!」



「ああ今日もまた寝坊しちゃった

髪ボサボサ…んん…」

少し濡らした指先でほんの気持ち、短い髪を整える。


はあっ…はあっ…

息苦しいこの世界で僕が生きる理由は一つだけ

「もも…!!」


もも「ゆう…おはよ」

ゆう「おはよう。今日もかわいい!」

もも「ん、やめてよ。いつもそうなんだから」

ゆう「いつも可愛いの」

もも「あっそ」

ゆう「うん!」


ももは、僕が言うのもなんだけど

ちょっと変わってる


目鼻立ちやふわふわの白髪はとても美しいのに、どこか儚くて消えてしまいそうで、誰とも関わろうとしない


ももなんて、可愛らしい名前にはあんまりイメージは合わない

でも、僕にとってはももって感じ

もものことを考えると胸がきゅってなって、心なしか頬があつくなる

これがどういう気持ちなのか、僕は何となくわかってきている


でも…誰にも言えるわけない

元々友達とかいないのに、からかわれるに決まってる

ももにだって…嫌われるかもしれない

すき…だからこそ、言えない

このままの関係でいい

高望みはしない

この気持ちが君に伝わらなくても、今日君と生きていける、それだけで嬉しい



ああ…今日も、目が覚めてしまった

んん…ふわぁ…


ーーー覚めなければ良かったのに


もも母「だから、あなたがそう言ったからあたしは!!!」

もも父「おめぇごときが俺に楯突くんじゃねえ。いつもそうやってグダグダ飯作ってんの見てられねえんだよ。俺を誰だと思ってんださっさと作れやこのクズが!!

あ?何見てんだガキがてめえも俺になんか言いてえ事でもあんのか?」


もも「んーん、いってきます」

もも父「今日もちゃんと定時に帰ってこいよ」

もも「はい」


うちは…いつもそう。父は絶対

母は父に怯えて言うこと聞くだけだ

私もただのその母の娘だ


わかっている。生きていてもしょうがない

それくらい、つまらない人生を送ってきたし、これからもそう


周りの人間は、何故か私に近づいてこない

遠くで私を見ながらヒソヒソと何か話している

まあそれもどうでもいいことだ

刻々とすぎていく時間の中で、ひとり私に話しかけてきた人間がいる


ゆう「もも!!」

もも「ゆう…おはよ」

ゆう「おはよう。今日もかわいい」


かわいい、その言葉の意味を私はよくわからず、いつも受け流していたけれど

何度も言われると悪い気はしない


ゆうはあまり明るい子では無い。でも、私の前ではいつも頬を染めて、高らかに話す

毎日、毎日、飽きもせず

そんなに私のことが好き??

今まで何も考えず、感じず、操られるがまま生きてきた私でさえ、勘違いしてしまいそう

これは勘違い、私の勘違い

ねえ、私の理性、壊さないで





何気ない日常を何気なく過ごしていく


もも「ねえ、このまま時が過ぎれば、いつか友達じゃなくなって、お互いのことも忘れて、知らない人みたいに生きて、いつか死ぬのかな」


ゆう「もー!そんなことないよ!ちゃんと覚えてるし、友達なんだから!」

もも「そう…じゃあどんな私を覚えてるの?」


ゆう「僕が覚えてる君は…(全部…)印象的な君

(全部覚えてるよ)笑ってるのも、悲しんでるのも心に残る(どんな君も僕の脳に刻まれている)」


※()内は奥底のメンヘラ本心


もも「ふうん、ま、現実的だね」

ゆう「じゃあ…最後の最後にお互いを見て、思うことはなんだろう」





それは愛してるでもありがとうでもなくて…


「なんで、どうして動かないの

どうして息してないの


どう…して…どうして…なんでなんでなんでなんでなんでなんで…!!


※どうして君がもう生きてないのかここにいないのかわからない

なぜ言葉を発してくれないのか握り返してくれないのかどんどん冷たくなっていくのか心臓が脈を打たないのかわからない…!」(※以降は勢いで一気読み)



それから葬式までの記憶は無い。

気づいたら僕はももの入った白い壺を奪い、走り出していた。





もも「じゃあ…最後の最後にお互いを見て、思うことはなんだろう」

ゆう「そんなこと…考えたくない」


もも「でも、いつかは来るよ。私のことずっと忘れずに、友達でいてくれるんでしょ?そしたらいつかは」

ゆう「ももは…怖くないの」


もも「ん…?怖くないよ」

ゆう「なんで…僕は怖いよ」


もも「怖くないから、寝るのと変わらない。別に今どこかからナイフ持った人間が現れても逃げる気はない。」

ゆう「なんで!」


もも「私なんていてもいなくても変わらない」

ゆう「そんなことない!!」


もも 「あるよ」

ゆう 「ないよ」


もも 「あるよ」

ゆう 「ない…」


もも 「あるんだよ!!ゆうにはわからないだろうけど」

ゆう「…!!ないったらない!!ももがいなくていい理由なんかない!!そんな気軽に僕の大切なものを傷つけるようなこと言わないで…!!僕が…僕がどれだけ…っ…」


めのまえが揺らぐ

ももの瞳も揺らいでいるのが見える

僕は…僕にとっては、ももは大切で…愛して…愛してる…でもももにとって僕は…!きっと違う…

僕たちはずっと…このまま…同じ関係で…同じ…ハァッハアッ…ももなんか知らない





”ももなんか知らない”

ゆうにこんなふうに言われたのは何回目だっけ

私たちは似ているようで似てない

むしろ、あんまり噛み合わないことも何度もあった

でもその度に胸が締め付けられるのは何故…


知らないと、そう言われたのならばそこで終わればいい

簡単な事だ。何回もそうしてきた。そうしたらみんな消えていった

それなのに君は…。いや…違う、私が引き止めている…。


怒った時の君の顔が忘れられない。その表情は何かを訴えているようで、我慢しているようで、私の父が怒る時とは全然違う感じがする。


君のその気持ちを知りたい。

君のその怒りの先にある気持ちを知りたい。


放っておけないんだよ…いつも気にしてしまう。

この気持ちを人は”スキ”と言うのだろうか


ガチャ


もも「ただいま」

もも父「このブスがよお。生きててごめんなさいって言えやカス。おいコラ聞いてんのか

あーーーほんと使えねえな。せめてちゃんとサンドバッグになれよ

…ッハア、で、てめえはなに定時過ぎてんだ」

もも「ごめん…なさい…」


もも父「おい、おいおいおい時間だよ…

…す、ぎ、て、ん、だ、よ、時間」

もも「ごめんなさい…(震え声)」


父は俯く私の顎を掴みゆっくりと持ち上げる

血走った真っ黒い瞳がワタシをじっくりと見つめる


(呼吸音)


もも父「ふっ、まあいいだろ。次は気をつけろよ」

もも「ッヒ…はい…」



ガチャリ

ズルズル…ポスン


殴られて山ほどささくれが立った木製のドアに背中をそわせる。気づけば部屋も身体も何もかも傷だらけで、もう

今更新しく傷がつこうと何も思うことは無い


「あぁ…消えたい…」


ゆう、明日は仲直りして午後はまた散歩に出かけよう

私たちには生きづらいこの世界で、朝こんな親の前で、空元気で学校に行ってるふりしてるだけえらいだろ


私たちは、生きてるだけで…偉いはずだろ…(すすり泣く


トントン

ふと背中に当たるドアが震える

このノックの仕方は、父ではない気がする…


キィー

もも「母さ…ん”ッ…アッ」

もも母「お前が生きてるから私がこんな扱い受けなきゃならないんだ

クリクリの青い目、ちっちゃい鼻に、ピンクのふっくらした唇。整った顔しやがって

許さない…お前が産まれてきたから私はこき使われるしブスと言われるんだ…お前が…お前さえいなくなれば 、お前さえいなくなれば私は…私はまたあの人に愛してもらえる…生きてることを許してもらえるんだ」

もも「違う…それは違う…私が産まれたからじゃない…」


遠のく意識の中で思い出す

遠い遠い記憶

私を抱き抱えた母、覗き込む父

2人の微笑んだ顔を覚えている

優しい声で名前を呼んでくれた

覚えてる。暖かいぬくもりも、心臓の鼓動も


どうしてこうなってしまったのか…

覚えている、父が苦しそうな顔で会社に行くのを。母がその姿を見送るのを。

だんだんと父が家にいる時間が増えたのを。母がその分働くようになったのにつれて、父の言動が激しくなっていったことも。


もも「誰も悪くない…悪くないんだよ

でも、ゆう…私は君とまだ…まだずっと一緒にいたかったなあ…ッ……」


もも母「ハアッ…ハアッ…(尻もちを着く

ハアッ…うわあああああああぁぁぁ」





ももが死んだ。父親が暴力を振るう話は聞いていた。でも、ももを殺したのは母親だった。

どうして…


大人たちを巻いて、どこか知らないところまで来ていた

座り込み、白い壺を抱きしめる


どうしてこんなことになっちゃったんだろ…

ももはあまり自分のことを話さなかった

でも一度家族のことを話してくれたのを覚えている。あの日は特に酷くて、血も涙もと流しながらも彼女はまだ”普通の家族”を諦められないと言っていた。

覚えているのだと、幸せだったことがあることを。優しい母と、笑顔の父を。


果たしてそれが本当なのか疑わしい程に、彼女の身も、心も、前にちらりと見えてしまった部屋も傷だらけだったけれど…


もも…僕らの居場所はどこにあるんだろう

僕が君と、幸せになれる世界はどこかにあったんだろうか…もも…



なあに

なあに、ゆう


さっきから、返事してるのに

何も答えてくれないのはそっちじゃない


そんな顔しないでよ

ねえ見て、今日は雲ひとつないから

星がよく見える


こんな時間まで外にいたの、初めて

私たち、悪い子かもね…


ねえ、ゆう

どうして返事をしてくれないの

まるで私がいないみたいに…

それに見てられないくらい悲しい顔をしてる…


そのずっと抱きしめているものは何?


そっと手を伸ばした白くて硬いもの

触れた瞬間にビリビリと電流が走るような感覚に陥る


「これは…わ、たし…」

私は……


記憶が湧き水のように溢れかえりフラッシュバックする

う”っ…ッ(吐きそうな感じ) あ”ぁ…はぁ…


母さん…父さん…結局、私たちは

家族になれなかったね

ずっと覚えてた 諦められなかった

どんなに傷つけられた日も、寝る前には私をのぞき込む2人の微笑みを思い出した

でも…意味なんてなかったね…

あの笑顔は…嘘だったのかな…(涙が溢れてくる)私の…妄想だったのかな…(泣きながら)


ゆう「(鼻をすする)…もも…」

もも「…ッ…!…ゆう」

ゆう「もも〜…(涙声)」


ゆう…私たち……いや…

あなただけは幸せに生きて…

私の事はもう忘れていいから

私の分まで生きるとか、考えなくていいから

ゆうはとってもいい子だから。絶対、絶対大丈夫だから…(涙)

私はもう行くよ

最後に一つだけ言わせて…大好きだった





目が覚めるともう朝で、

抱きしめていたはずのももの壺は誰かに奪われ

周りを知らない大人たちに囲まれていた。

その中に母さんがいた。泣いていた。


私は保護された。テレビでニュースが流れていた。ももの母親は逮捕されていた。父親も事情聴取。


その後、促されるままに学校に通うようになったが、私ともものことは学校どころか地域中に知れ渡り、まともに息が出来なかった。


母さんに言われたことをよく覚えている。


「上手く育ててあげられなくてごめんね

素敵な女の子に育ててあげるからねごめんね」





あれから何年もの時が過ぎ

私はおとなになった。


今年も夏の終わりが訪れた。

もも、ただいま


そっと手を合わせる

冷たくなってきた秋風が頬を撫で、

私の長い髪を揺らす


ねえもも、私ね、結婚するの

お母さんがいい人を見つけてくれてね

この前初めて話したんだけどこの人とならやって行けそうって感じた


だからね、もう…ここには来ない

今までなんとなく年に1度は…と思ってきていたけど、彼に申し訳ないの


ももも、もうここには居ないでしょ

優しいもんね。私の分まで生きなくていいって、言ってくれてる気がするの。大丈夫、ちゃんとわかってるから。


私、幸せになるよ。

……じゃあね。


意味もなく、墓石(ぼせき)に手を伸ばし

そっと輪郭をなぞった





冷たい風が私の頬を撫で、白いくせっ毛を揺らす。

なんとなく気配を感じて振り返ると…


「ゆう…!来てくれたんだね」

すっかり大人の女性になって

昔の君とは大違い


どうしてそんな顔をしているの

気づけばあんまり表情を見せなくなったね


ねえ、どうしてだろう

今日ゆうを帰してしまうと、もう会えない気がする


ゆうの手が私をすり抜ける


もも「待って、ゆう…待って…

待ってよ…まだ少ししかいないじゃん

ねえ…一人にしないで…」


大好きなのに…。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ