第一話
何気ない日常を男の子の目線から描いてみました。楽しんで読んでいただけると嬉しいです。
酒臭いおっさん、香水が鼻につく女達にもまれながら終電に乗り込む。秀司も人のことを言えた義理ではない。横にいた若い女性が少し遠ざかった気がした。秀司からも汗、酒と煙草が混じった臭いがするからであろう。
実家の最寄り駅で降りる。この時間でも住宅街が広がるこの駅で降りる人は多い。疲れた顔をしたサラリーマンに心の中でお疲れ、と声を掛けながら家に向かう。
チャイムを鳴らす。押した後、皆寝てるかな、と一瞬思ったがもう遅い。
「ちょっと、お父さんとお母さんはもう寝てるんだから自分で開けてよ。」
姉の美紀がパジャマ姿で出る。実家に帰るのは一ヶ月ぶりなのに随分な言い方だ。
「悪い、悪い。」
「お酒くさっ!」
美紀が大袈裟に顔をしかめる。
「やっぱ臭かったか。電車で冷たい目で見られてると思ったよ。綺麗なお姉さんにも。」
「早く!お風呂!」
シッシと追い払われる。今日も随分飲んでしまった。調子に乗って一発芸までやってしまった。スベる度に飲まされるので何杯飲んだか分からない。シャワーを浴びながら反省する。
パンツ一丁でリビングに向かう。
「今日も飲み会?バイトのメンバーと?」
テレビを見ていた美紀が振り返る。下着姿の秀司にはお構いなしだ。美紀が気にしないのだから秀司も気にならない。
「いや、クラブの。」
「 あぁ、野球部ね〜。体育会系の飲み会って激しそうね。」
「まぁ、サッカー部だけど。」
「そういえば、野球部やめたんだっけ。新しいクラブ、馴染めて良かったね。」
「…まだ気まずい。」
二年間続けた野球部をやめ三年になってサッカー部に入部した。二年間所属したクラブをやめるには勇気がいった。大学のクラブなんて勉強の片手間にやるお遊びみたいなものだろう、と思っていた。当てがはずれた。毎日練習、しかも朝練付き、更に鬼コーチもついてくる。高校の頃よりもきつい。二年間続けた理由はメンバーにあった。同学年のメンバーは少ないためか先輩達ともすぐ打ち解けた。ノリがよい秀司はとても可愛がられた。もちろん練習時は厳しかったが。面倒を見てもらったし、仲良くなりすぎた手前、クラブを止めたい、しかも理由が練習が厳しいからとは言い出し辛かった。
「サッカー部、楽そうで良かったね。野球部、異常だったもん。よっぽどの野球好きか辛抱強くないと続けられないよ、あれは。」
何も知りはしないくせに美紀が偉そうに言う。
「一度入ると辞めづらいんだよ。」
「何で?気にしなかったらいいのに。」
「お前はクラブとか入ったことがないからそんなこと言えるんだよ。可愛がってくれた先輩を裏切ることになるのがなあ。練習不真面目でも文句言われるし、辞めても文句言われるし、けれど続けたくないし。いい先輩だから文句は言われなくても、練習辛くて途中で投げ出した奴にいい感情は持たないだろ。色々悩んだんだよ。」
「サッカー部は練習、厳しくないの?」
「全然。週3回でいいし。朝練ないし。その代わり弱いけど。同級生多いから馴染みやすいっていうのもポイント高いな。」
「サッカーが好きだっていう理由じゃないのね…。」
「サッカーが好きだったら最初からサッカー部入ってるよ。」
それもそうか、と美紀が一人で納得している。
「サッカー部の先輩には途中で入って来て文句言われないの?」
「そこが問題なんだよ。練習についていけなくてクラブやめた俺にまたもやいい感情は持ってないだろうな。でもノリのいい先輩ばっかりだから打ち解けるのは早そうで良かったよ。」
「クラブって面倒くさそう〜。いっそ部活に入らなきゃいいのに。」
「それはそれで暇だろ。お前、大学終わってから毎日何してるんだよ?」
「遊びに行ったり習い事したり遊びに行ったりしてるよ。」
「それは充実した毎日ですこと。」
「入りたいクラブないし、上下関係厳しそうだもん。実際、秀だって苦労してるじゃない。」
「皆で何か頑張るのがいいんだよ。美紀には分からないかもしれないけど。お前は個人プレーすぎるんだよ。」
「何よー。頑張れなかったヘタレに言われたくないわよ。」
「俺がヘタレなのは認める。」
何で美紀はクラブに入ろうとしないのだろう。中学、高校ともそう言えば入ってなかった気がする。友達もいっぱいいるし、ここ数年彼氏を切らしたことがないのだから人付き合いが下手なわけではないだろう。けれど積極的に人と交わろうとしない。クラブに入部しない代わりに昔から習い事は熱心に一人で通っている。ピアノ、習字、料理、着付け等々。何のためにだ?一人より皆でクラブする方が楽しくないか?姉の考えはいつも良く分からない。
「まぁ、そういう気まずさは時間が解決してくれるよ。秀、人付き合いうまいし。テンション高すぎるけど。」
励ましてくれてるのか?
「やっぱり時間か。」
「どうしても気まずかったら、またやめちゃえ!」
おいおい、あっさり無責任なことを言うな。
「おやすみ。」
美紀が自分の部屋に帰る。もう3時だ。久しぶりに実家に帰って美紀に会うとついつい話しすぎてしまう。身内だから遠慮なく本心が話せる。そろそろ寝るか。自分の部屋には帰らずそのままリビングのソファで寝る。朝、母に怒られるだろうな、と思いつつ眠りに引き込まれた。