ブルーシルエット
あのね、と、清司郎がつぶやいた。
俺はやさしい人間になりたいんだよ。
阿伽陀清司郎の母は狂っていた。
まさに狂気に堕ちた般若のように。
「お前など、生れ落ちなければよかった」
おんなはまだ若かった清司郎に跨り、フォークを振り下ろした。
フォークで目玉をえぐられ、血がとめどなくあふれた時のことを清司郎は忘れない。
そしてもう使い物にならないと医者が言っていたことを思い出す。
長い間、左目を酷使すれば失明する可能性もある、とも。
はっと目を開ける。
見慣れた天井が見えた。
暗い部屋は、まだ夜だということを知らせている。
冷や汗がこめかみににじむ。
「……」
乱暴にそれをぬぐうと、大きなため息をついた。
ベッドから起き上がり、窓から夜空を見上げる。星々がちらついている空が清司郎の心中をなだめてくれた。
月は細く、空に穴が開いているようにも見える。
目がかすむ。
寝起きだからだろうが、これがずっと続くことになればもしかすると失明への一歩になるのかもしれない。
けれど。
もし左目が失明することになったとしたら。
妖魔と相対することは、難しいだろう。
もっとも、生活することすら困難になるのだろうけれど。
「円寿にも、迷惑かけちゃうね」
やさしい人間になりたかった。
ただ、それだけだった。
実の母に、生まれてこなければよかったと言わせるほどのことを、清司郎はしてきたのだろうか。
分からない。
自分でも。
狂気におちた母にとっては、これもただの結果論なのかもしれないが。
「ごめんね」
円寿。
「俺は、やさしい人間になれているかな」
母親との間にあったことはすべて母自身がおこしたこと、ということを周りには言わずにただ清司郎の心のうちにしまってある。
ずきり、と、右目の傷口が痛む。
もう二十年も前の傷口だけれど、時折こうして痛むことがある。
「なれてたら、いいな」