セイ・ハロー・トゥ・ミー
天照に阿伽陀清司郎が入ったのは、二十五年ほど前のことだった。
その時点で清司郎は二十歳。
まだ若くバディも見つかっておらず、豊和を所持していた清司郎はひとり定食屋にきていた。
たばこのにおいがする店内は、天照の職員もいるように見える。
清司郎の鞄のなかに、ずいぶんと吸っていないたばこが所在なげに入っていた。
たばこを吸い始めたのはつい最近だからだ。
天丼ひとつを注文した清司郎は、手持ち無沙汰に鞄のなかにあるたばこを手に取る。
清司郎はたばこを吸うとき、ライターはつかわない。
もっぱらマッチだ。
しゅっ、という、マッチを擦る音。それが好きだった。
けれど別にマッチでなければ嫌だということもないのだけれど。
灰皿に使ったマッチを置いて、たばこを吸う。
「あー、疲れたなぁ」
誰かに聞かせるためではない、ただのひとりごとだ。
たばこを二本、吸ったあとだった。天丼が来たのは。
からら、という定食屋に誰かが入ってきた音が聞こえるが、気には留めなかった。
「いただきまーす」
手を合わせて箸をもった、とき。
「天丼……」
と、男性の声が上から降ってくる。
思わず清司郎は顔をあげるとそこには空洞があった。
軍帽、そして外套のあいだに、ぽっかりと空いた空洞。
刀神だろうか。
「天丼が、どうかした?」
「天丼は、よいものです」
「おお、そうだな。天丼、俺、好きなんだ」
見えないはずの顔が、すこしだけ笑んだような気がした。
「おまえさん、刀神?」
「はい。円寿、と言います」
「俺は阿伽陀清司郎だ。あっち!」
たばこを持ったままだったからか、火が指にふれ、思わず叫ぶ。
灰皿にたばこを投げるように捨てて、手を振った。
「大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫大丈夫」
「ならばよいのですが」
「円寿どのも座ったらどう? よければ俺と話をしよう」
軍帽がかすかに動く。
清司郎の目の前にすわった(ように見える)円寿は、天丼をじっと見ている(ように見えた)。
「どうぞ、食べてください」
「悪いな」
割り箸を割って、まずなすの天ぷらを食べる。
「どうですか?」
「ん、うまい」
円寿は楽しそうに清司郎を見ている。
彼は、食べることができないのかもしれない。
だとしたら、清司郎にできるのはどんな味かを伝えることだけだ。
けれど、うまい、しか伝えられない。
ほんとうにうまいのだから、これで許してくれるだろうか。
「そうですか」
「なあ、円寿どの。おまえさんはバディいるの?」
「いえ、いませんが……」
天照に入っておおよそ半年がたつ。
そろそろバディを組みたいと思っていたところだ。
円寿とは、ほんの僅かだがはなしをして、彼ならば、と思う。
彼ならばもしかすると、清司郎とともに戦ってくれるかもしれない、と。
「円寿どの。俺とバディ組まない? 最初は臨時でもいいからさ」
「俺と……ですか?」
「そう。まあ、今さっき会ったばかりの刀遣いがなにを言ってるのかって思うけど」
妖魔と戦うには、刀神がいなければ成しえないことだろう。
彼らに、力を「貸してもらっている」のだ。
「分かりました。いいですよ。バディを組みましょう」
「! そうか。人間に、力を貸してくれるのか」
円寿はうなずくように、学帽を動かしたように見えた。
「ありがとう。円寿どの」
「いいえ。……主」
二十五年間、円寿とのバディを解消することもなく今まで来た。
あのとき、天丼を頼んでいなかったら円寿と出会うこともなかったかもしれないと思う。
「どうしたんですか、主」
「円寿と出会った時のことを思い出したんだよ」
「ああ、懐かしいですね」
「だよねぇ。あの時の俺、結構ふてぶてしかったよね」
「そうですか?」
円寿は首をかしげるように、軍帽を動かしている。
たったあれだけの会話でバディになってくれて、本当にありがたいと思う。
だから、
「これからもよろしくね。円寿」