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ふれどもゆめゆめ

 ひくり、と右目がひきつる。

 右目と言っても右の目玉はもうないのだけれど。


「主、どうかしましたか? 怪我でも……」

「ああ、何でもないよ円寿(えんじゅ)


 妖魔をかたづけたあとのこと。

 まるでうかがうように円寿に問われるが何でもない、と笑ってみせる。

 そう。

 なんでもないのだ。

 なんでもないこと。


 軍刀を鞘におさめ、まわりを見渡して妖魔が残っていないことを再度、確認する。


「今日も生き残れたね、円寿」

「そうですね。天丼、食べに行きますか?」


 円寿は浮遊しながら、笑うように問いかけた。 

 ()は天丼が好きなようで、(彼は食べられないけれど)よく天丼を食べに行こうと誘ってくれる。


「いいねぇ」


 阿伽陀(あかだ)清司郎(せいしろう)はうなずき、とうに散った風を見送るようにその場から背を向けた。

 天丼がおいしいという店に行く途中、猫が車道を渡っているのを見かける。

 今車は来ていないものの、このままでは轢かれてしまうかもしれない。


「ちょっと待ってね、円寿」


 車が来ていないことを確認し、よたよたと歩いている子猫を拾う。

 人慣れしているのか暴れることはなかった。


「猫、ですか」

「そう。かわいいねぇ」

 

 スーツに毛がつくが構いはしない。

 毛取りの、あの、なんだっけ。コロコロみたいなやつで毛を取ればいい話だ。


「猫ってあったかいよねぇ。円寿も触る?」

「では……」


 円寿は手を出して、子猫を撫でている。

 表情は分からないが、悪い気はしていないらしい。

 なんとなく、嬉しそうな気がする。


「ふわふわ、ですね」

「そー。猫ってふわふわなの」


 にゃあ、と、愛らしい鳴き声で思わず顔がほころぶ。

 誰かのうちの飼い猫だろう、よく見ると首輪がついていた。


「車道でちゃ危ないよ」


 歩道に子猫を置いて、ひと声かけるとまるで分っているように歩道をよたよたと歩いて行った。 


「家に帰れればいいんだけどね」

「家猫なら帰れますよ、きっと」

「そうだね」


 子猫は真っすぐ歩道を歩いているようだ。きっと、家に帰ることができるだろう。

 ぐいと体を伸ばして、空を見上げた。

 空は当たり前だけれど遠くて、白んだ月が見える。


「円寿、知ってる?」

「なにがです?」

「昼の白い月のこと。ヌーン・ムーンっていうんだってさ」

「ぬーん・むーん?」

「そー。俺もつい最近知ったんだけど。いやあ、たまには本でも読むもんだねぇ」


 くすり、と笑う清司郎は空から視線を外して、円寿がいるほうへ向き直る。


「あ、そうだ、天丼だった。腹減ったし、行こうか」

「主に食べてもらいたい天丼があるんですよ」


 円寿はうきうきとしているような、そんな顔をしているのかなぁ、と思うけれども、実際は想像にしか過ぎない。

 なんにせよ、彼が楽しそうなのはよいことだ。


 

「あの猫、家に帰れたかな」

「きっと」


 円寿が案内した店の天丼はたしかに旨かった。

 特にえび天。

 食べ終わり、あたたかい茶を飲んでいると、ふとあの子猫のことを思い出す。


「主、猫がお好きなんですか?」

「まあね。猫はふわふわでかわいいから好きだよ」

「同意します」


 円寿も笑った、ような気がした。

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