思惑
もはや抵抗する意志すら失った少女を獄卒が拘束し、裁判の間から引きずり出していく。
大王はそれをじっと見届け、閉じた門扉が視線を遮った瞬間重いため息を吐いた。
「先に来た母親とは真逆の態度でしたな。」
「うむ……。」
苦い感情が混じった部下の言葉に、王は疲れたように眉間を揉む。
「王よ、何故あの様な罪人にお言葉を掛けたのです?」
その言葉に、閻魔大王は傍らの臣下を見遣る。彼は声と同じ様に苦い顔をしていた。
王は彼が言いたい事を理解していた。何故、罪の自覚を促す言葉を掛けたのか。他の罪人と比べ配慮を懸けてやる価値が“あれ”にあるのか。そう思う理由も。
「ここであれに判決を下したのは“二度目”よ。何億、何兆と裁いてきた儂だが、その中でも記憶に残った魂の一つだ、あれは。たった十五年前に刑罰を終えて転生していった魂。あれにはその前世の片鱗が見えた。」
「同感であります。」
「己の罪を悔い改めるには十分な罰を与えたと、そう思いあの魂を見送った。だがあれが再び罪を犯したとあれば、別の手を打たねばなるまい。」
鬼が驚きに目を見開く。
「一体何を為さるおつもりなのです?」
「繰り返してはならぬのだ、我らも。その魂が悔い改められなければ。」
王は閉じた扉をもう一度見遣った。
「凍り付いてしまった水面を、あの一石は砕く事が出来るだろうか。」
*****
あれからどれだけの時が経ったのだろう。私は焼けた地面に倒れ伏したまま考えた。
何時間?何日?何年?分からない。20年などもうとっくの昔に過ぎたような心地だ。
頭が鉛のように重く意識が朧気で、私はまともに思考が出来ないでいた。
地獄の野犬の吠え声が届く。近い。来る、奴らが来る。このままでは喰われてしまう。逃げなければ。
私は枯れた喉で呻きをあげ、額を地面に付いて体を起き上がらせた。
両腕は熱した黒縄で縛り上げられ、溶けて皮膚が繋がってしまっている。深く抉れた脇腹から、千切れた左足から、真っ赤な血潮が零れ落ちて血だまりを作る。
動いていい状態ではない。でもまた喰われてしまう、死んでしまう。もう嫌だ。
私は、その一心で体を引きずった。
まだか、まだ終わらないのか。もう、痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。誰か、助けて……!
刹那、がくんと体が崩れ落ちた。動く体力が尽きたのか。違う、地面が途轍もない力で揺れ動いているのだ。
何が起きている?
思考する間もなく、私が居る地面が轟音を立てて引き裂かれ、暗い虚空に吸い込まれていく。私はその瞬間、意識を手放した。