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身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ仇桜【改訂版】  作者: 一ノ瀬 星羅
第1章
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裁判

私は地獄に連れてこられた。要因はあれしかないだろう。


母を殺した。


これから向かう裁判の間では殺人罪に問われるのだろう。けれど私だって殺意があって殺したわけじゃない。自殺する私を止めようとした母と揉めた結果殺してしまっただけだ。


そう、あれは事故だったんだ。それに母だって私に殺されても仕方がない仕打ちをしてきたじゃないか。私を放置して自分だけが幸せになろうとしたのだ。許される事じゃない!


閻魔の前でどうやって説明するべきか考えていた筈なのに、気付いたら母に対する怒りが沸々と積もっていく。


『着いたよぅ。』


その時、ずっと黙って走っていた猫が口を開いた。


その声に我に返って面を上げた瞬間、猫は思い切りブレーキを掛ける。


感覚は無かったが、それまでは途轍もない速さで走っていたのだろう。刹那、私は慣性の法則に従ってひっくり返った荷車から空中に投げ出された。


「──え。」


予想だにしていない状況で空中で呆ける私を見下ろし、猫は忌々し気に呟いた。


『わっちの仕事はここまでだよぉ。全くウザったくてしょうがなかったねぇ。』

「いやあ゛あ゛あ゛ぁあああああッッ!!!!」


まだ記憶に新しい落下の感覚を覚えて私は泣き叫んだ。フラッシュバックするのは先程業火に焼かれた人間。


嫌だ!!あんな死に方したくない!!!


恐怖に身を強張らせた私だったが、


「痛っった……!」


予想より軽い衝撃。平らな石畳に投げ出されて全身が痛むが、それでも猫が放り投げたのは打撲で済む程度の高さだったようだ。


助かった。


そう安堵したのもつかの間、私の視界の隅で草鞋を履いた足元が映る。


「何をもたついている。その程度で動けなくなったのか?」


壮年の男性の低い声。私は痛みを訴える体を起こして面を上げた。途端、ぎくりと体が強張る。


古代中国官僚の様な厳めしい服装に身を包んだその人物は、とても大柄な男だった。身長は2mを越しているのではないか。更に着物の上からでも分かる筋骨隆々の肉体が強者の風格を醸し出している。


だが私が反応した要因はそれではなかった。一見人間に見えた彼の強面の額から二本の角が生えていたからだ。


“鬼”


その単語が脳裏に浮かび上がる。鬼は鋭い双眸を細め、ゴミを見る様な表情で私を睨み付けていた。


「とっとと立て。」

「うぐっ!!」


彼は私に向かって第一声、そう言うと容赦なく首元を掴んで引き上げる。物凄い力で首を絞められ窒息しかけるが、何とか体制を持ち直して立ち上がった。


「歩け。逃げられるとは考えない事だ。」


鬼はそう告げて歩き出す。理不尽な対応に涙が出そうになるが、堪えて周囲の様子を伺う。


左右は城壁のような高い塀。壁面は凹凸が一切なく、ネズミ返しの様に屋根が取り付けられている。


背後を振り返れば業火に染まる焼野原。そこに繋がる出口には先程の鬼と同じ様な角を生やした門番が二人立っていた。


ここから逃げたら門番に捕まるだろう。もし運良く逃げられたとしても火の中に飛び込んで行く事になる。


私はあの鬼に付いていくしないのだ。私は仕方なく鬼について歩きだした。すると目の前に城が見え始める。


私の印象だと首里城の趣の城。ただ要所に点在する重厚な鉄格子、鉄壁が私の現状をまざまざと見せつけてくるようで遺産建築を見た時の様な感慨は一切無かった。


辿り着いた巨大な門扉に立つ門番が、私の前を歩く鬼に向かって揃って頭を下げたと同時、頑丈な扉の重量に軋みながらゆっくりと門扉が開く。


その先の光景を目にして、私は血の気が一気に引いていった。


足が止まった私を放置して、官僚姿の鬼は目の前の大広間に設置された段差の低い階段を上っていき、その頂点に備えられた彼の身長と同じくらいの高さの壇上の一段下座で足を止め、こちらを振り返る。


「被告人に王との面会を許可する。前へ。」


私は鬼の声に従ってフラフラと前へ進み、広間の中央で足を止めた。


ここで足を止めたのは示された訳ではない。私がこれ以上近寄りがたいのだ。


鬼より更に上座に鎮座しているのは、人間の三倍も四倍もある巨体。


その身に纏った豪奢な着物、重厚な王冠。綺麗に整えられた豊かな髭の口元はきつく引き締められ、達磨のようなぎょろ目を見開き、濃く太い眉はこれでもかと引き寄せられている。


そんな恐ろしい形相で、地獄の王【閻魔大王】はこちらを見据えていた。


弁明を図ろうとしていた言葉はこの時吹き飛んだ。王に意見する、抵抗する気力が挫かれ、ただ恐怖のみが心情を覆う。


それだけの威圧があった。大王はその険しい表情で私を見下ろしながら口を開く。


「ではこれより裁判を始める。」


全身を震わすような低い声が響き渡った。たった一文の言葉であるのに、そこに含まれた威厳と風格に震撼する。


一気に冷や汗が滲み出した。全身が凍えたように震え出す。


「被告人、名を『砂河伊織』(さがわいおり)、間違いないか?」

「……はい。」


大王の傍らに控えた鬼に問われてか細い声で返事をした。鬼はそれに頷くと巻物を取り出して読み上げ始める。


「享年 15 歳、死因は投身自殺。罪人の最も重いと見られる罪は、母親と口論の末殺害し、そのまま自宅の屋上から身を投げた事である。これは殺生罪、自殺罪に当たる。これに至った経緯については、母親への不満、自身の生存意義の喪失が理由と想定するが、罪人の行った行動を考慮すると情状酌量の余地はないと捉えられる。」


「ま、待って!待ってくださいっ!!」


私は恐怖に泣きそうになりながら鬼に向かって叫ぶ。


「何か。」


彼は鬱陶しそうに眉を寄せたが、それを気にしている状況ではない。だって


「母の仕打ちが正しいと言うんですか!!私に殺されるような事はしていないと!!私が悪であると言われるんですかっ!!!」

「正しくはない。」


再び重苦しい声が上から降ってきて、体が硬直した。


「ただ、間違ってもおらぬ。」


王は変わらず厳しい表情で静かに話し掛け、何もない空間を指し示す。


すると、豪華な彫付けがなされた大きな鏡が現れ、そこにテレビ画面の様に人が映し出された。


死ぬ前の私の姿だった。


部屋で一人蹲る私、教室で陰口を言われ俯く私、そして死の直前母を罵る私。


その表情を見て震撼した。私はこんな顔をしていたのかと。


大王が手を振ると鏡が霞になって消えた。


「良い環境とは言えぬだろう。だがよくある光景、ありふれた境遇だ。それで殺人に至る人間がどれだけいるのか。」

「違っ!あれは事故で──っ」

「黙れ!!!!」


雷が轟く様な衝撃だった。大王が放った喝に私は腰が抜けてその場にへたり込む。


「お前は本当に殺意が無かったと言い切れるのか!!あの様に憎しみを顕にしておいて、『殺すつもりは無かった』などとどの口が言うのか!お前がしでかした事は誰からも恨まれないと思っているのか!」


王の言葉に、母の恋人だった彼の顔が浮かんだ。


「現世ではたとえ故意でなかったとしても裁かれる罪であろう。それが18 歳以下の減刑?証拠不十分?そんなもの地獄では全く関係が無い。現世で言われるであろう『法では裁けなかったが、あいつは地獄に落ちる』これは正にその通りでなのである!!」


ぎょろりと大王は私を睨み付ける


「ここは地獄。現世の理など通用せぬ世界。我が目はあらゆる真実を見通し、平等に裁きを下す。ここは晴らされなかった無念を拾う場。罪から逃れた罪人が行き着く場である!!」


しんと静まり返った空間の中で、私は倒れ込みそうになる体を支えて床に手を付いた。


裁判なんかじゃなかった。こちらが弁明する余地は始めから無かったんだ。


「どうして……どうしてなのよ……。」


分からない。私がしたことは、一切同情の余地がないと言われることだったの?


その時、大王は手元に置いてあった笏を鋭く叩き付ける。


「判決を下す。」


王は腹に響くような重々しい声で宣告した。


「被告人を刑罰 20 年、等換受苦処の刑に処す。」

「……ぁ」


どういった罰かは分からない。けれど20年という数字が、波が押し寄せてくるように私を恐慌に貶める。


「あ、あぁ──あぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!」


私はその場に突っ伏して泣き叫んだ。

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