序章
湯気が揺蕩うかのような緩やかな熱風が吹く。静寂の中、一人の少女が広間の中央に跪いていた。
深く頭を垂れているので長い前髪が投げ出されて顔を覆っている。その切れ目から覗いた瞳は絶望と恐怖で視線が定まらない。
この暑さだというのに顔色は蒼白で、唇も血の気を失いまるで死人の様だった。だが身にまとったセーラー服は脂汗で背中に張り付いてしまっている。
「どうして……どうしてなのよ……。」
少女が蚊の鳴くような小さな声で呟いた。本人すらも口から零れた事に気付かぬほど小さな声だった。
「なんで私が……どうして……。」
その言葉には狂おしい程の憤りが滲んでいた。そう、少女には分からなかったのだ。どうして自分がこの場で跪く立場にあらねばならないのかが。
その時、笏を叩きつける鋭い音が響いた。少女はびくりと身動ぎすると頭を上げる。
大理石の石畳が続く先、禍々しくも微細な彫刻が掘られた机に一人の大男がいた。
とても人間とは思えない大きさだった。
遠目から見ればひとり用の机の様だが、隣に控える人物の背を越す高さの机で丁度良いぐらいなのだ。
そんな巨人が太い眉を寄せ、達磨のようなぎょろ目を顰め、豊かな髭の口元をきつく引き締めている。
恐ろしい顔つきであった。だがそれは理性を伴った怒りだった。
身に纏った豪奢な着物と頭を飾る王冠、それはこの地の王としての装い。彼はその立場でもって公平に見分し、そして許される事ではないと判断しているのだ。
「判決を下す。」
王は腹に響くような重々しい声で話し出した。
「被告人を刑罰 20 年、等換受苦処の刑に処す。」
「……ぁ」
少女は王から告げられた罪状の内容が一瞬理解できず呆ける。
だが次第に罰の重さを咀嚼し始め、その顔は見る見るうちに絶望に歪んだ。
「あ、あぁ──あぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!」
少女は人目もはばからずその場に突っ伏して泣き叫んだ。