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#109 フワフワに包まれた冷気

失恋直後の悲しみが、真っ暗な深い深い布団の中で絡まり合ってしまい、ほどけない程の強い結び目を作りあげてしまっていた。


私から解放された今、あなたの母の体調の管理に全てを注いでほしいという想いと共に、あなたとあなたの母の優しい顔が、頭全体に綺麗に浮かんだ。


キッキーという高い音と共に、部屋は優しい静寂の世界に包まれると、ポストの乾いた音が鳴り、その後、再び爆音が快い轟きを見せた。


空気だけでは、私のこの胸の熱い想いは伝わりづらいので、あなたの手を握り、皮膚でその熱をずっと伝えていたはずなのに、今の私のこの掌は、何にもない空虚だ。


布団から顔を出し、静けさを見せつけているような、暖房機から送られている温風が髪を靡かせると、それによって心臓が少し浮かされた。


欲望を糸のように垂らしても、あなたが掴まるはずもなく、もう誰も近寄って来てくれない不安から、想像のあなたがさらにボヤけていくのが確認できた。


深呼吸をして、再び被った布団の中の世界は、闇の中の闇といった感じにジメジメとしていて、嫌な湿気やカビ混じりのニオイで溢れていた。


数十分前に飲んだミックスジュースの、粒やら甘みやらが、口の中でまだうずくまっていて、それが身体で唯一の甘みとなっていた。


「私は草食男子みたいな人じゃないとダメだ」


「他に玲音みたいな人なんていないよ」


「もう玲音しかいないよ」


「玲音以外考えられないよ。玲音がいいよ」


「友達でもいいから側にいたいよ」


「ずっと一緒にいたかったよ」


「私、おかしくなりそうだよ」


「私、そんなに強くないよ」


「逢いたいよ。今すぐ逢いたいよ」


「今すぐ、玲音に逢いたいよ」


「逢わせてよ」


「ねえ、逢わせてよ」


「逢わせて」


あなたを忘れてしまったら苦しさに溺れてしまいそうで、私の心臓の方が止まってしまいそうで、これからもずっとずっと勝手にあなたを愛し続けると本能に誓った。


あの日の階段事故の後遺症が、予期しないタイミングで突如また痛み出し、布団の暗闇でじっとしていることを、このまま続けるしかないほどの痛みだった。


キリがないほど瞳には涙が溢れ、布団の隙間から手を伸ばし、ティッシュペーパーの端を掴んで引っ張り込み、布団の中の暗い暗い世界で、瞼にぎゅっと押し当てた。


机にあるミックスジュースが、私と同じように、大量の涙を流しているように見えて、少しだけ穏やかな成分が瞳を包んだ。


私を拒むように、私を避けるように、手を後ろで組んだあなたの姿を、また思い出してしまい、それが涙の先に映像として浮び続けた。


ミックスジュースの甘みも薄れていき、そこには追い討ちを掛けるような僅かな塩味が流れ込んでしまい、必死でそれを唇で拒んだ。


鼻の奥の深い部分であり、目と目のちょうど間でもある辺りで、ミントのようなハーブを擦り付けたようなスースーとした感覚が、ずっとずっと続いた。


ベッドの上をゆっくりと這い、窓に近づくと、眩しいくらいの美しさが溢れており、あなたの癖でもある、手のひらバリアを窓の夕日の光に対してもしていた。


あなたとの日々を脳内で再生させていると、あなたが生き生きと生きていて、それを心で噛み締めたとき、恋愛の素晴らしさを必ず証明したいと感じた。


あなたの姿が映る、ツルツルとしていて硬さのあるスマホの画面を触りながら、あなたに費やす五感の割合を、少しずつ抑えて暮らしていこうと決めた。


別れる間際にあなたが言った、僕は小さい文字みたいに、一文字にも数えられないくらいの存在ですから、という言葉があなたらしすぎて、不思議に愛おしかった。

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