#108 同じなのに全く違う
呼び出されて行ったあなたの殺風景で寂しさのある部屋は、淀んだ空気に満ちていて、そこに存在する全てのものが、甚だしくかすれて見えた。
あなたの瞳の中心を上手く捉えられないほど、あなたはうつむいていて、部屋全体がぼんやりとし、うっすらと暗さを帯びていた。
嫌な予感のなかで、私が口を開かずにずっと黙っていると、沈黙を嫌ったあなたの、ヒザ立ちと正座の繰り返しで鳴る擦れる音が、静寂を切り裂いて不気味に響き出した。
あなたは手を後ろで組み、私の指を絡ませないようにしていて、私は仕方なく自らの手にあなたを宿らせてからギュッと握り、あなたの手の感触を少しでも感じようとしていた。
暗い部屋の隅の、さらなる暗がりにあなたは歩みを進めていき、あなたの母の体調があなたを一番の暗闇に引きずり込もうとしている、という考えしか浮かばなかった。
あなたは頭のなかにある脳を、間接的に掴むような仕草をしていて、私が双子であることを脳内でずっと反芻しているように、この瞳には映ってしまった。
後ろからあなたの首筋にアゴを近づけたが、あなたの匂いを嗅ぐことがこれで最後のように思えて、あなたの全ての甘い香りを吸い込もうと、思い切り鼻をすすった。
舌にしびれがあることに気づき、これから始まる嵐のような未来に向けて、まずは口内に力を入れて、必死でプラスの土台を作り上げようとしていた。
「これ以上深くなれる気がしないので、別れてください」
「ああ」
「半端な気持ちで付き合っていても、失礼だと思うので」
「はあ」
「付き合っている以上は、今よりもっと深くなるわけで、これ以上深くなると心臓が止まってしまいそうで怖いんです。やはり、一緒に暮らすイメージは出来ません」
「そう」
「僕のまわりの壁は、宇宙に届くくらい高いんです。そして、壁は煎餅なんかよりも遥かに硬いんです」
「分かった。でも、好きのハシゴの高いところまで登ってきちゃったから。簡単には降りられないんだよね」
「は、はい」
「今が今までで一番高い位置に登ってるんだよ。低ければ諦めがつくんだけどね。絶対に別れなくちゃダメ?」
「は、はい」
「別れても愛し続けていい?これからもずっとずっと、勝手に愛し続けていてもいい?」
「も、もちろんです」
押しボタン式の信号も押せないほどの、あなたの気の弱さを変えてあげたかったけど、こちらに永遠の赤信号を突き付けられたように思えて、今の気持ちを歌詞に落とし込んだら、きっとアルバムが一枚作れるほどだろう。
あの階段事故の後遺症はだいぶ和らいできたのに、あなたが私の全てから背を向けた直後から、身体が言うことを聞かなくなり、ズシンという例のない重さを感じるようになっていた。
すみませんと、頭を何度も下げて、何度も何度も謝るあなたの姿を見ていられず、私もあなたに背中を向けて、落ち着きを取り戻すまで、ずっとずっと下を向いていようと決めた。
涙が瞳を覆っているわけではないのに、なぜか視界全体にぼやけが生じ、歩くことにさえ不安を覚えるほどだった。
あなたを穴があくくらい強く見つめようとしたが、乱れた前髪があなたの心のように思えて、見つめていたい衝動に反して、また目をそらした。
柔らかな感情に触れた時にいつも流れている、甘みを含んだ唾液が、ツラさのど真ん中にいる今という瞬間に、なぜか溢れ出していた。
ドアを飛び出してすぐ萌那に電話をしたが、呼び出す音が素っ気なく続くだけで、萌那の声は全くなく、鼻がむず痒いだけだった。
フラれて歩く夜の道は、今まで見てきた何よりも暗く、どんなものよりも硬質的に感じたのだが、真っ黒な夜空は少しだけ眩しかった。
暗い夜道というものから逃げるように、目を閉じながら歩き、あなたの姿を暗闇に溶け込ませていき、五感のひとつを閉じることで、少し平穏でいられた。
私は赤くなるまで左手の手首を、もう片方の手でぎゅっと握り続けてしまい、痛みと暖かさが、皮膚にギュンと正直に表れた。
雨女でもないのに、私の上では突如、悲しみの雨が降り始め、雨とアスファルトの不気味なディスカッションが、悪へと引きずり込む不協和音のように聞こえた。