#157 背いたら向かい合うのみ
今まで、近くにいることはなく、あんなに苦手という気持ちを抱いていた、妹という存在が、唐揚げが食卓に並ぶ風景に、普通にいる。
妹は今までと違い、柔らかな表情を見せていて、私の心は軽さを帯びていて、先輩が別人に変わったときのことを、思い出して、やさしくなった。
明日、私はここから羽ばたいてしまうので、母の独特な声は、電話をしない限りは、もう毎日は聞けなくなるのだが、あなたとの生活に胸が踊る音も、甲高くしていた。
引っ越しの荷物の梱包作業で、手の皮膚の感覚は、敏感さを増していて、あなたのつるつるした肌を触りたい気分ではあるが、今はいないので、拳を握るようにして、我慢をした。
妹は、私が昔使っていたピンク色の箸を持ち、食卓の上空を行ったり来たりさせていて、唐揚げを頬張りゆく妹の姿に、ピンク色がとても映えていた。
母の咳のような独特のくしゃみが、場を柔らかさに持っていってくれて、ここにいる全ての人物の表情が、どんどん明るさに向かっていっているのが、分かった。
妹と、私の新しい母は、まだ会って間もないのに、冗談が言い合えるほど仲良くなり、父との関係も修復してきたみたいで、呼吸まで、おいしく感じた。
しばらくは食べられないであろう、母の特製唐揚げを口に含むと、ちびちび少量噛みほぐしては味わい、ちびちび少量噛みほぐしては味わい、を繰り返した。
「誰か来たみたいよ」
「菜穂、出てくれ」
「うん」
「こんにちは」
「あっ、いらっしゃい、このはちゃん」
「突然ごめんね、おねえさん」
「あれっ、ひとり?」
「うん。お姉ちゃんは忙しいから」
「そう。唐揚げあるよ」
「やった。食べていいの?」
「うん、いいよ」
「おねえさんの彼氏はいないの?」
「今日はいないかな」
「そっかそっか」
私の妹は、このはちゃんにも、柔らかさを垂れ流していて、この先、また悪の心を持つことは無さそうだから、気兼ねなく、唐揚げの咀嚼が出来る。
母は誰にも壁を作らない、とてもいい人だがら、すんなりとなめらかに、このはちゃんと溶け合うことをしていて、身体が、ほわっとした。
誰がいようと、全速力で食卓のまわりを駆け回るこのはちゃんを、追いかけるため、足を素早く動かすが、何度ももつれてしまった。
先輩がタイプで、ミーハーで甘え上手なこのはちゃんだったが、今は私と同じで、あなたという存在を求めていて、その光景が、無邪気でかわいかった。
なついてくるこのはちゃんに、笑顔を見せている妹の菜子が、機械寄りではなく、陽の感情のある、人間らしい人間になっていて、女性らしくもあった。
私が義理の娘になることを、喜んでくれたあなたの母の、大好きな唐揚げの味と、そこに対する気持ちが、まだまだ覚めてくれない。
声がそっくりな二卵性の双子の妹に、壁を作らず、突っ込んでいったこのはちゃんに、やさしい呼吸になり、柔らかい優しいニオイがした。
東京の仕事は、ここからの通いで、地方住みだからこそ、こんなあたたかい景色が見られているんだなと、改めて地元にいる自分に浸った。
嬉しさを抑えきれないような顔をしていた、あなたの母の、あの、のほほんさと、背を向けて笑顔で泣く姿が、やさしく脳裏に付いている。
新しい住み処は、ここから遠くない場所にはあるが、会える回数は格段に減るので、父と母の手のひらの皮膚の感触を覚えるように、しっかりとした握手をした。
スマホが鳴り、指をスライドさせて、耳に持っていくと、あなたのやさしい声が聞こえ、新しくしたこの、実家のリビングの壁掛け時計の鐘が、あなたと二人の生活を彩るように、響いた。




