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#105 近くて遠い夜

似合うはずもないのに、あなたの赤いシャツをつい思い出してしまい、気付けばそれに似たような色のシャツを、私は羽織ってしまっていた。


このはちゃんが私の部屋を元気に走り回っていて、このあと訪れるこのはちゃんとのお泊まりの夜のことに、全ての考えを捧げ巡らせた。


お腹がすいたと漏らすこのはちゃんのために、冷蔵庫に向かうと、冷蔵庫も頑張っているんだと思わされるような轟音が鳴り響いてきた。


昼寝中に妹の彼氏に唇を奪われた、私のファーストキスの記憶が、あなたとのキスを思い出す度に蘇り、唇を噛み締めた痛みのある感触が、ずっとうだうだしていた。


プリンを用意して、このはちゃんと一緒に食べながら、私とカラフルなキャラクターのツーショット写真を、くっ付きっぱなしのこのはちゃんに見せると、喜ぶようにピョンと小さくジャンプした。


友達想いで妹想いの田中さんは、私とこのはちゃんがはしゃぐ姿を、優しい眼鏡で、ずっと見守っていてくれた。


あなたと空間を共にした夜の胸騒ぎを、少し鈍いくらいのこの鼻でさえも、しっかりと記憶していて、ほとんどの感覚であなたを身体に蘇らせ、あなたを感じていた。


プリンを食べ終わった直後、冷凍室から出してあげたアイスクリームを、このはちゃんはスプーンですくって私の口元に運んでくれて、パクッと口に入れたバニラには、私の心のような雑じり気が一切存在しなかった。


「おいしい?」


「うん。美味しいよ」


「あの、ごめんなさいね。このはのために色々出してもらって」


「全然大丈夫だよ」


「本当にありがとうございます」


「あ、うん」


「ねえ、菜穂ちゃんは彼氏と仲良くやってる?」


「うん。すごく仲がいいよ」


「いいな。幸せそうで」


「このはちゃんは好きな人とかいないの?」


「好きな人?うん、好きな男の子はいないかな。あんまり男の子と喋らないし」


「あっ、そうなんだ」


「今日は楽しみだな。いっぱい楽しもうね」


「うん。楽しもう」


「菜穂ちゃんと一緒に寝られるの、すごく楽しみ」


「嬉しいな」


「ねえ、菜穂ちゃんは私のこと好き?」


「うん。大好きだよ」


「じゃあ、私の彼女ね」


「彼女?うん、彼女ね」


本に書かれていない部分や、寝ている間でさえ、時間はしっかりと進んでいるということを忘れてはいけないと、言い聞かせながら、このはちゃんの全てを受け入れた。


こめかみ辺りに、1秒の100分の1にも満たない痛みが走り、それがあなたからのヘルプのように思えて、スマホをすぐ取り出し、画面に何度も何度も触れた。


このはちゃんは、いつものピンクのワンピースで走り回り、ピンク色も含めたものがこのはちゃんだと認識し、そのピンクを柔らかな薄目で追いながら、あなたにメールを送った。


写真という硬い紙に映されたあなたの25パーセントの笑顔を、目が辛くなるまで瞬きもせずに、見つめて高まっていると、僅かな雫が沸き上がってきた。


あの日ずっと付けていた、キャラクターのクマ耳をこのはちゃんに付けて、引き立つこのはちゃんの可愛さに浸っていると、あなたからのメールの音がした。


五文字にも満たないそっけないあなたからの返信に、バニラが広がっている口の冷たさのなかに、酸っぱさのようなものが近寄ってきた。


甘えることが仕事かのように、くっつくことをやめないこのはちゃんの瑞々しさが、随時薫ってきて、あなたを薄れさせてゆく。


先輩の大ファンの女性のことを、昨日先輩にメールで相談したが、その返信はまだで、スマホの画面に先輩の名前が勝手に表示されることはなかった。


あなたはここにいなくて、あなたのシルエットは想像に描けなくて、今日は私を必要としてくれているこのはちゃんの笑顔に、ずっとずっと付いていくと決めた。


膝の上に乗ってきたこのはちゃんの、萌那の長い髪にも似たポニーテールが、このはちゃんが動く度に揺れ動き、頬をこちょこちょとくすぐってゆく。


ほぐれていくように、耳からあなたが薄れてゆく感覚があり、周りの空気にうねりは感じられないのに、地響き混じりの高い音が、耳の内側でずっと続いていた。

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