#141 手と手と心と心
朝にジュースを少し飲みすぎたせいか、今はショッピングセンターの景色なんて、薄くしか入って来ないくらいまでに、なってしまっていた。
曲がり角の前では、5秒くらい立ち止まり、確認してから曲がるあなたが、ここには相変わらずいて、とてもとても愛らしく、可愛く思えた。
なめらかな、やさしいベルのような音が流れ、何かのお知らせのような音声が流れ、それに対して、あなたは耳を塞ぐような動作をし、少し怯えている様子だった。
あなたは絡ませるように、私の手に、柔らかすぎる手を馴染ませてきて、少し引っ張られるような感触が伝わり、あなたは雑貨店の前で足を止めた。
私がプレゼントであげた、薄地のパーカーを着たまま、マントのようにパタパタさせて、落ち着かない気持ちを分散しているのか、目の前が僅かにチカチカした。
自分の髪に怯えて、手で素早く振り払おうとするあなたが、また出てきてしまい、これから先のあなたの、人生が不安で仕方がなかった。
雑貨屋の奥へ奥へと入っていくと、香水のような香りや、石鹸の甘い香りなどが、雑貨屋の雑貨類から漂ってきて、少し落ち着きが出てきた。
まんべんなくキョロキョロするあなたは、これまでとそこまで変わりはしなかったが、私の口内に塩味が僅かに出てきて、違和感はなかなか取り除けずにいた。
「欲しいものあった?」
「無いですかね」
「これ、おもしろくない?」
「いいですね、これ」
「でも、使わないよね」
「はい」
「行こっか。他の店に」
「はい」
「変わったものたくさんあったね」
「そうですね」
「ねえ、トイレに行ってもいい?」
「はい。いいですよ」
「今日、水分取りすぎたかも」
「そうですか。では、ここで待っていますね」
「うん」
結婚に繋がるような、心の繋がりのカケラのようなものが、あなたと私の間に、僅かではあるが、見えてきたような、そんな感覚が滲んでいた。
バリアを張り続ける、あなたの手の残像の、視覚情報のままトイレへ向かったが、ソワソワが全身から溢れ出して、全然止まらなかった。
早足にトイレの入り口に駆け込んでいき、ソワソワを保ちながら、今だけはせっかちな人として行動し、あなたとの再開を楽しみにしていた。
迷路のようなクネクネした廊下は、あなたを待たせている私の心を少し焦らせ、身体も脳も、僅かにクラクラするようになっていた。
トイレを済ませて、鏡を占領している若者の間を縫って手を洗い、あなたから貰ったハンカチを手に擦り付けながら、外へ急いだ。
長い廊下がもどかしくて、もどかしくて、カラカラの唇からは、潮の味がし、長い長い道のりを歩いているような感覚になった。
急にトイレの外が騒がしくなり、あなたへの心配と、外が見えない不安などが重なりあい、鼻ではもう、息が出来なくなってしまっていた。
外へは出たものの、あなたを探しても見つからなくて、下を見ると、大勢の人だかりのなかに、あなたの着ていた薄いパーカーと、同じパーカーを着た男性が倒れていた。
細すぎる体型と、あなた特有の不思議な雰囲気で、もうあなただと確信したが、あなたの姿は、一度も直視が出来ず、目線は常に揺れていた。
ずっと手を繋ぐことで、事故を防ごうとしていたが、それを遂行することが出来ず、一瞬の油断があったのかもしれないと感じ、皮膚にだんだんと痺れがやってきた。
ザワザワが次第に大きくなっていき、それはかなりの大きさに膨れ上がり、ついに天を突き抜けてしまい、もう何の音も聞こえなくなってしまった。




