#122 あなたがあなたでいるために
自分の部屋の中にいるのに、耳や脳などに、赤色や黄色の美しい色彩の風景をしていた、京都の静けさがまだ残っており、それはまた、存在感を濃くしていった。
文明の進化に感謝し、電話を繋ぎながらあなたのガサガサ音を聞いて、就寝をしたあの日の出来事が気持ちよく、今は隣にいるあなたの姿がぼやけずに、くっきりと見えているくらい、調子がよかった。
突然電話が鳴り、画面を見ると、私の産みの親からで、ボタンを押して繋がると、その電話からは、いつか逢いたいという文言を連ねた、力強く優しい声がずっと流れていた。
電話越しにあなたとキスをした、あの日の唇や指の感触の、冷ややかさを覚えていて、今も指先や頭に、しっかりと残り続けているけど、今は出てこないように、それらを必死で抑えた。
母親と通話している時間の数字が、スマホの画面上で増えてゆく度に、優しい笑みが溢れ、そこに母親の優しい声が、追い討ちをかけるように響いてくる。
産みの母親と繋がり続けている状況で、ふとあなたを見ると、左腕に右手を添えて、一人の世界に埋まっていて、いつもに増して、ゆっくりとした深呼吸を、なめらかな動きでしていた。
あなたの柔らかさのある香りと、母親が何でもない世間話を話してくれているという、幸せすぎる状況に、鼻はふわふわと和らぎに、突き進んでいた。
一度だけでいいから逢いたいという、スマホの向こう側からの母親の声に、様々な未来が見え隠れして、様々な過去の出来事まで顔を出してきて、唇を浅く噛んでいた。
「ねえ、相談があるんだけど。いい?」
「何ですか?」
「さっきの電話でね。私を産んでくれた母親が、私に逢いたいって言ってくれたんだけどさ」
「そうなんですか?」
「逢った方がいいと思う?」
「はい。逢いたい気持ちが少しでもあるなら、逢ってください」
「でも、一人で逢うのは少し気が引けるんだよね」
「では、僕が一緒に逢いましょうか?」
「本当?本当に一緒に逢ってくれるの?」
「あ、はい」
「本当に大丈夫なの?こういうの苦手でしょ?」
「はい。誰かと会話するのは、緊張します。でも、逢うことはいいことなので」
「ありがとね」
あなたは、特別感と大人数が苦手で、普段なら避けてしまいそうな事柄なのに、考える間もなく、悩む間もなく、一緒に逢うと言ってくれて、すごくすごく嬉しかった。
身体は、あなたの心臓に、近づきたくて近づきたくて、あなたをしっかりと抱き締めると、暖かさを溶かすように、あなたを私のなかに、しっかり取り入れていた。
あなたの余白多めの、少し赤らんだ頬が愛しくて、あなたの右頬に私の右頬を付けたり、離したりを繰り返して、お互いをじっくりと確かめあった。
私の部屋は、あなたがいることで、ひとりでいる部屋とは、180度変わってしまったような幸せが溢れて、それが鮮明に、瞳へと映り続けていた。
あなたは、私と同じAB型だが、私とあなたの風変わりさは、だいぶ異なっていると思っていて、それが強烈な興味となって、私の頭上に降り続けていた。
明日のあなたの誕生日は、あなたと二人で私の部屋で、ひっそりと祝う予定だったのに、あなたは珍しく、そこに私を産んでくれた母親も来ていいと言ってくれて、口の中や外に仄かに甘い味がした。
言葉数の少ない穏やかな部屋で、スローモーションの深呼吸をすると、新鮮ないい空気しか入って来ず、まるでここは天国のようだった。
突然見たくなり、あなたのSNSを見てみると、相変わらずの独特さで、様々な反響で、ザワザワと、ザーザーと賑わっていて、私の心もそれなりに賑わっていた。
あなたは、私の元から頻繁に離れて、部屋をぐるぐる回ることを何度もしていて、少しだけ落ち着きが漏れ出したのだと感じた。
あなたと離れている間の、手のひらの汗は、冷たく居座っていて、あなたが近づいてきた時に、すぐにその手を捕まえて、ぎゅっと握った。
産んでくれた母親に電話をかけて、あなたのことや明日のことを話すと、母親の一人暮らしの家に、私たちを招待したいと言われ、その後、優しい笑い声が聞こえてきた。




