#120 喜びの頂点からの眺め
後半に先輩が2点を続けて入れ、同点となったあとはもう、希望の光で目が潤ったまま、風景が劇画タッチのようになってしまっていた。
興奮しすぎて、隣にいる萌那は、腕をぶん回したり、足をバタバタさせたり、いつも以上の元気を振り撒いていて、他の人も、いつもの人間ではなかった。
ダブルデートという行事は、段々とこちらに近づいてきていて、もうそこまで来ていて、耳が渦巻いているような感覚が、ゆっくりとしているが、止まることはなかった。
わずかな痒さが目に現れ、少しだけ擦っただけなのに、そのせいか、わずかな痒さだけだった目に、痒みの大群が徐々に押し寄せてきて、全体に行き渡った。
あと1得点で全国大会出場と、得点王に達するということで、観客たちの空気も躍動感もいつもと違い、私たちの高校の選手たちは、別人と化していた。
同点がずっと続いていた、この試合だったが、ロスタイムに入り、先輩がセンターのライン辺りから、ドリブルでキーパーの前まで行き、シュートを右隅に決め、逆転のゴールを果たした。
あなたと、自然な流れで激しく抱き合い、喜びを分かち合い、あなたは一ミリの躊躇もなく私に寄りかかり、優しい香りを見せつけてきて、興奮の力を思い知った。
先輩が、雲の上の上に登っていってしまった気がして、先輩の姿を、さらに見上げることとなってしまい、舌先のほんの一部分が、わずかにヒリリとした。
「やったね」
「はい。すごいですよね」
「でも、まだまだ壁は高いからね」
「はい」
「上には、上がいるからね」
「次は全国ですね」
「もう、すごく嬉しすぎるよ」
「全国は凄すぎます。僕も頑張らなくちゃですね」
「私も歌で、頂点を目指したくなったよ」
「きっとなれますよ。あの、そういえば得点王になったので、ダブルデート決定ですね」
「うん。なんかうれしいよね」
「僕は、別に予選を突破しなくても、ダブルデートはしたかったですけどね」
「そうなんだね」
「はい」
4人でのダブルデートは決定したが、先輩に私への気持ちが少し残っていても、全く残っていなくても、変わらず一定量のモヤモヤは存在し続け、かなり複雑な気持ちだった。
壁などに肘をぶつけたときになる、あのジーンとくる感覚が、何もしていないのに、肘とは少し離れた場所にある、胸に現れ、ずっと消えようとしない。
相手のエースを含めた数人の選手は、地面に大の字になって燃え尽きていて、私も身体を目一杯広げて、ここで寝そべり、この気分に浸りたくなった。
こちらに向かって、先輩は高く拳を突き上げて、笑みを一面に溢してくれて、先輩の周辺の空気は、全てがぼやけて見えた。
試合中に手を地面にぶつけて、軽く打撲してしまった先輩は、ずっと手首を抑えて、たまに痛そうな顔をしていて、心配が瞳の中から溢れ出した。
あなたの言葉が好きで、あなたの紡いだ全ての言葉を、舌や、奥の奥の臓器で確認するという作業を、無意識にしていて、今も無の味がした。
暴走気味な性格は、今は抑えないで、十二分にあなたの香りを、あなたの一番近くで吸って、喜びあって、あなたの全てのものを感じ、独占しようとした。
きれいな歯並びのあなたと、この喜び溢れる、賑やかなグラウンドの光景を見ると、私のなかの心配性が、少しずつ少しずつ飛び出てきた。
先輩は、グラウンドから出てきて、明るさある声援に包まれながら歩みを進め、横の方から駆け寄ってきた妹と向かい合い、優しく抱きついた。
あなたの横で、SNSのフォロワーが5万人を越えたあなたを、追いかけるように、あなたとのこと専用のSNSを始めようと、スマホのつるつるに触れた。
即興の自作の応援歌が、次々と生まれ、試合が終わった今も、全国大会に進むみんなへの応援歌が脳で、途切れることなく、美しく掻き鳴らされ続けていた。




