#117 宇宙まで響け
文化祭の目映いライトに照らされた私と、隣にいる麗愛さんは、大好きな歌姫と同じヘアゴムをしながら、小気味良く音を奏で始めた。
麗愛さんのギターの掻き鳴らしが、とてもカッコよく、麗愛さんの独特な前のめりの体勢も、キリリとした顔も、優しく心に貼り付いた。
あなたへの私の気持ちが、歌に乗り移り、ファンファンと天に響いて、はち切れそうなくらいの振動が生まれ、私の鼓膜にも跳ね返り、伝わってきた。
冷めやらぬ空間では、なぜだか右手だけが熱を持ち、心配や興奮がドバドバと溢れ出てゆくと、手汗が多く発生し、優しく滴りそうなほどだった。
生徒たちが纏う、しっかりとした黒色と白色が、横に揺れたり縦に揺れたりし、それが私の目に違和感なく入り込み、世界全体まで、リズムに乗っているように思えた。
真新しい坊主になったばかりの、先輩の姿が瞳に映り、それは遠くの遠くの片隅の辺りで、点のようにしか見えないのに目立ち、キラキラと輝くことを続けていた。
歌詞に染みたあなたへの全ての想いが、麗愛さんのギターに乗せて、言葉をひとつひとつ丁寧に放つ度に、行き場がないくらいに薫り、それは深さを極めていった。
興奮からか、緊張からか、口内には今までに感じたことのない、幸福の味のする液体がドバドバと、私には負えないくらいに、勢いよく流れ出していた。
『♪窓の外に太陽は見えない』
『♪それなのに感じる太陽の微動』
『♪雲や自然の移り変わりで』
『♪影はガラリと変化して』
『♪窓のキャンバスは姿を変える』
『♪それはあなたと私の心の』
『♪不安定さに似ている』
『♪窓の外に満月は見えない』
『♪それなのに感じる満月の光』
『♪朝と夜はまったく別物』
歌を歌いながらもあなたを想い、あなたのことを、あなた、と目を見て呼べる日は、新婚生活の先にしかないだろう、という仮説を、勝手に立ててしまっていた。
ギターを器用に弾く、麗愛さんとの相性はとてもよく、身体や喉の調子の良さは、これまでのものとは、比べ物にならないくらい良くて、怖いくらいだった。
歌っている間も、あなたのSNSの独特さが気になり、あなたの良さに世間が気付き始め、話題になりかけていることを思い浮かべすぎて、少しだけ仕草が乱れてしまった。
ギターを弾く、凛々しい麗愛さんと一緒に、文化祭でオリジナル曲を披露している、この何とも言えない風景は格別で、視界は少しだけピンク掛かっていた。
一番遠くにはあなたの姿があり、それはひとりだけ色が異なって、ハッキリと見え、私の歌があなたに届いてくれたらいいなと、願いながら歌い続けた。
まるで、あなたが私に向けて気を送ったかのように、 舌先には少しピリリとするような、微弱の刺激が、優しく加わったような気がした。
緊張は特になく、いつも通りの笑顔で歌うことが出来ていて、鼻の通りもスッキリしていて良好で、気持ちは高い位置にある、壮大な雲さえも越えられるほどだった。
歌唱を終えて、片隅の暗い場所で燃えるように、熱い麗愛さんと抱き合うと、お互いに興奮で身体が、小刻みに揺れているのが確認できた。
体育館から出ようとすると、文化祭でも先輩には取材が殺到していて、私たちには誰も寄って来ないのに、先輩の周りには、ファンが大規模に溢れていた。
窓から射し込む、黄色掛かった光が、愛の歌を放った後の私たちを、美しく照らしてくれていて、反射した肌は優しさを持って、美しい暖かさを受け入れていた。
あなたの姿を、間近で目に入れたいと思い、キョロキョロと辺りを見回すと、あなたが私の名前を呼んでいるような声がして、嬉しくて嬉しくて、ほんの小さな口笛が出ていた。




