#116 詰め込まれたメロディ
ガヤガヤと人が入り乱れる、文化祭数日前の教室の片隅の床に、麗愛さんと一緒に座り込み、ノートを広げて言葉たちとずっと向かい合い、にらめっこをしていた。
少し前、麗愛さんのギターがプロ並だと知り、その日から、麗愛さんの顔の印象も凛々しく変わり、ガラリと生まれ変わったような何かが、見受けられるようになった。
心をくすぐる声のお調子者が、存在感ある声と、ギターを含めた全ての要素を教室の片隅から、この世界に向けて放ち、その心地よさが私の心を動かした。
あなたへ向けた言葉の書かれたノートを、一枚掴んで捲っても、冷たくペラペラしているただの紙切れなのだが、そこに書かれた言葉自体は、かなり熱を持っているようだった。
自作の歌詞を、しっかりと脳を働かせて読んでみると、あなたへの願望がしっかりと溢れ出し、あなたへの私の気持ちがくっきりと浮き出ていた。
瞳を閉じれば、今日の朝、父が手を振って送り出してくれた姿が、暗い闇に浮び、それがこれから始まる私の、あなた中心の生活に勇気を与えてくれた。
床に染み込むイヤなニオイから背向くように、天を見上げてみても、好みの薫りは降って来ず、歌詞に染みたあなたの香りを、ただ想像するだけだった。
あなたの心に、もう一度やり直す可能性が、最初からあったことを、上の歯と下の歯をしっかりと合わせて、改めて時間をかけて噛み締めた。
「いい歌詞だよね」
「ありがとう。でも、まだ初心者だから」
「すごいよ。こんないい歌詞が書けるなんて」
「ありがとう」
「それだけ、彼を愛してるってことだよ」
「うん。たしかに愛は大きいけど」
「羨ましいな。私も恋がしたいな」
「好きな人とかいないの?」
「うん。いないかな」
「それにしても、本当にいいメロディだよね」
「ありがとう。少しでも力になればいいなって思って」
「一緒に頑張って、いい曲完成させようね」
「うん」
麗愛さんは音楽好き仲間で、私と同じ歌姫が好きなことは知っていたが、ギターが得意なことは最近まで知らず、まだまだ知る余地があることを、今日、実感した。
完璧ではないが、喉は回復に向かっていて、喉のことを考え悩む時間もだいぶ減ってきていて、調子の良さが出てきたように感じている。
麗愛さんが掻き鳴らすギターの、優しさある柔らかな音色に、首を控えめに縦に振ることを自然としていて、この行動がやけに身体に馴染んでいた。
息をついて、導かれるように見ていた、あなたのSNSの独特の感性に、吸い込まれてしまい、もう興味が溢れすぎて、止まらなかった。
私が何とか完成させた歌詞に、麗愛さんがいつもとは違う真剣な顔で、胡座をかいて座りながら、最後まで曲を乗せてゆく。
静かなささやく程度の声で、メロディに乗せて歌うと、感情の高鳴りが生む優しさが、口の中にじんわりと、溢れているような感覚があった。
あなたを思い浮かべたら、鼻のなかにジワッと、急に寒気の満ちた液体が流れ込み、覆った腕に向かって、くしゃみを豪快に放っていた。
今の気持ちを書き殴った歌詞を、改めて読んでみると、涙がこぼれ出し、紙に書かれている、あなたという言葉の"な"の文字だけに滲んでいった。
麗愛さんは、好きな歌姫と同じヘアゴムで、気を引き締めながら、完成に向けて、ギターをいつまでもいつまでも、疲れを知らないかのように、掻き鳴らし続けた。
右の手首と肘の、ちょうど真ん中辺りを、常に窓から射す黄色味掛かった光と熱が纏い、フワッと美しい暖かさを感じ、身体が熱を保っていた。
自分の耳で聴く限りは、歌声が翼を持って、ふわふわと宙を舞っているように感じ、以前のようにしっかりと声が、出せているような気がしていた。




