#111 欲望の曝け出し
優しい色をした布団から覗く、自分のふたつの足先は思っていた以上に黄色く、元気のない色彩を、これでもかと放っていた。
拒否されても、ウザったいと思われても、常識の範囲内で勝手に愛し続けることを、あなたの優しい姿が閉じ込められた、スマホという平面を見ながら誓った。
私を産んでくれた最初の母の名前が、スマホの画面に突然表示され、同時に母が好きだった曲を纏った着信音が鳴ったのだが、どうしても指で触れることが出来なかった。
スマホの硬さを手に収め続けていたが、押し間違いが重ならない限り、私を産んでくれた母が私にしてくれたように、あなたに電話することは一生ないだろう。
視界は、紺色のサングラスを掛けているような暗さになるまで、だいぶ落ち込んでしまい、光はこの場所にあるはずなのに、ほとんど見えずにいた。
あなたを思い浮かべるなかで、私を柔らかく見守ってくれていた、田中さんの優しいあの背中が頭に思い浮かんできて、私の心を優しくしてくれた。
鼻は機能を失ったかように、麻痺する一歩手前のような感覚に溺れていて、ずっとこのまま、溺れ続けてしまうような予感に縛られていた。
あなたが映されたスマホに唇を重ねても、無機質な味しか寄って来ず、脱け殻の心がここには存在していたが、その直後、あなたではない例の着信音が再び鳴り始めた。
「もしもし?」
「あっ、菜穂?」
「ママ?」
「そうだよ。ごめんねなんか」
「全然いいよ。全然大丈夫だよ」
「菜穂のこと、急に恋しくなっちゃって」
「私も思い出してたよ」
「そう、嬉しいわ。もう連絡取らないって決めていたのに、心配になっちゃってね」
「ありがとう」
「元気ないけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。ありがとうね、電話してくれて」
「好きな人とか出来た?」
「うん。出来たよ」
「そう、良かった。あっ、菜子が訪ねてきたりしてない?」
「来たけど、特に何もなかったから」
「そっか、本当にごめんね」
「別に大丈夫だよ。また電話してもいい?」
「うん。またね」
あなたは自信がないみたいだけど、今、話をした母のように、とても素敵でとても優しくて、すごくいい人だから、好きになるのは普通のことだ。
テーマパークであなたとしたデートの思い出を、脳一面に広がるようにゆっくりと流し込み、じっくりと思い出しては溺れ、身体を火照らせていた。
ベッドの上という、人生の孤島のような狭い空間に収まっていることが出来ずに、新しいカーペットのもわもわを足裏に、何度もつけて馴染ませることしか出来ずにいた。
感情の起伏が激しく、曇ったかと思うと、あっという間に澄み切ったりと、視界はまるで移り変わりの激しい空のようだった。
いい女は演じないと生まれないのに、鏡を見れば、ぐちゃぐちゃに萎れていて、あなたに相応しい女とはお世辞でも呼べないほどだった。
唾を何度も何度も飲み込んでしまい、口の中の成分がほとんどなくなってしまったかのような、無味の境地に辿り着いていた。
以前、あなたに貰ったバラのハンドクリームを、もったいないので少しだけ出し、大切に手を潤わせて、その香りを感じながら、ベッドの手すりの角に身体を押し当てて、あなたを思った。
視界のぼやけは、徐々に落ち着いていき、幸せの断片が、まだあちこちに落ちているような、そんな期待も溢れようとしていた。
あなたが抱く迷惑さを考えると、少し足が重いが、あなたの少し笑っているスマホの画像を見ているだけで、足がバタつきを放った。
触れる指先の感覚にムズムズ感がまだあり、そのムズムズ感は冷静さを失わせ、指全体を制止させることが出来なかった。
親指を目にも止まらぬ速さで動かして、スマホにデータとして残るあなたの愛しい声を残らず漁り続け、気に入ったものを室内に綺麗に響かせた。




