#101 無作為に縛りつけたい
散歩中の空き地に吹いた突風で、小さな粒たちは舞い上がり、私の瞼の内側はざらつき、砂混じりの目ん玉へと仕立てあげられた。
あなたの愛の麻酔に掛かって解けそうになくて、脳を支配されるように、視覚情報にはひっきりなしに、あなたが存在し続けていた。
頭上にあるツインテールの調子はやけによく、ラジオの音声のように、しっかりとした鮮明な周りの音を受信することが出来ている。
目に入るゴミ、口を塞ぐ砂、胸の奥にいる乾き、そして、風のよそよそしい肌触りが、私の感触のほとんどをザワつかせるくらいに襲ってきた。
ピンクの腕時計を見ると、透明部分に淡い私が映り、その先の歩道を見てみれば、そこに数いる人々のなかに、光る存在を見つけて、目をギュッと出来る限り絞った。
閑散と繁華街の真ん中のようなこの場所で、大人の女性と笑顔で歩いている先輩の姿が、生き生きとこの目に入ってきた。
先輩の妹さんとは正反対の外見をしているその女性に、私の嗅覚のむず痒さは持っていかれ、嗅覚共々どこかに掻き消されてしまいそうなほどだった。
あなたのことを考えすぎて、出しすぎた歯磨き粉のミントの刺激によって、爽快が満ち過ぎていた口内は、いつしか気にならないまでに穏やかになっていた。
「あっ、菜穂さん」
「こ、こんにちは」
「何してるの?」
「ちょっと買い物に」
「あ、そっか」
「先輩は何しているんですか?」
「俺もちょっと買い物に」
「あっ、そうですか」
「どうも。はじめまして」
「は、はじめまして」
「同じ学校の友達?」
「あっ、はい。仲良くさせていただいております」
「そう。よろしく」
「はい」
男性は、女性に対する制御がきかない生き物だと改めて感じ、気付けば心に縄であなたを縛りつけたい心持ちになっていた。
二人と別れて、先輩が私でも萌那でもない誰かを想うということに、疑念を抱きながら歩みを進めていると、正気を奪われ、身体に冷たさがドッと流れ出す。
あなたと出会った日からの全てを閉じ込めたデジカメの写真を、印刷して懐に入れてあることを思い出し、それを徐に取り出して見つめると、そっと胸に当てて心の落ち着きを待った。
スマホを取り出し、画面に映した文字を何度も何度も確認したが覆らず、大好きな歌姫の活動休止を噂する記事の真相は全く見えず、何だかただただ、もどかしさが撫でるだけだった。
先輩のファンである、あの赤スカートの女性ではないというのに、赤と明るさが視界に入る度に怯えてしまい、今も通行人のそれに、腕が揺れ動いている。
一人で走り戻ってきた先輩は、あの女性が母親の妹さんだという確かな情報を口から放ち、私は無くしていた口内の甘みを一気に取り戻した。
あなたの匂いは、会わない時間の分だけ薄れていき、走り来て去っていった先輩の風に乗った爽やかな香りだけが、鼻にずっしりと、のし掛かっていた。
変人と変人という関係を、周りに全く影響されずに継続したい、という気持ちを映した目の先には、あなたのシルエットが塀に近寄りすぎたカタチで現れた。
あなたは、普通に恋人を見るような顔でこちらを見てきて、じっと瞳にそれを浴びていたかったのに、瞼にピクピクが発生し、それがあなたをくっきり見ることを妨げた。
あなたの手を握ると、やはり指だけがなま暖かく、不安定な心が伝わってきて、あなたのその心臓を直接、時間をかけて暖めたくなった。
私の何かしらに興奮を覚えた訳ではないと思うが、あなたの荒い息遣いが耳に流れるように入ってきて、それが不安の吐息でないことだけを必死で祈った。