第98話 家族の消息 (前編)
柳君たちの了解を得て部屋に入ってきたエドさんとサジさんの間に立ち、彼らに紹介する。
「こちらがエド……エドさんで、こちらがサジさんです。二人とも冒険者です」
エドさんの正式名を言おうとしたが出てこなかった。エドビリなんとか……何だったっけ?
「エドヴィリアスタだ。ホリィの同郷だと聞いた。よろしく頼む」
そうそう、エドビリじゃなくてエドヴィリアスタ、良し、今度こそ覚えた。
エドさんの名前をちゃんと言えなかった事は勿論気づかれていたようで、私に苦笑を寄越しつつエドさんは名乗った。
「サジです、よろしく」
柳君たちもエドさんたちに名乗り、挨拶をした。
「堀さん、どっちが彼氏?どっちも?」
「ぷっ。そ、それ、佐伯君も同じことを言ってましたよ。どっちも違います。エドさんはオカンでサジさんはオネエさんです。で、この二人とさっきのリズ様には私がどこから来たのかを話してあります」
佐伯君に対してした返事と同じ言葉で返す。
「こっちで信頼できる人が三人も出来たんだ。良かったね、堀さん」
柳君が言う。私もそう思うから、素直に嬉しい。
「そっ、そんなゴツイ人がオカンで?精悍な人がオネエさん?堀さんって感性おかしいよなー」
吉村君が笑う。いやいや、こんな見た目ですけどね、エドさんのオカンっぷりはすごいんだよ?サジさんは、本人は男性ではなく女性が好きだと言うけど、言葉遣いがねぇ……どう考えてもオネエなんだよ。
「じゃ、さっきの副会頭さんは?」
「リズ様?リズ様は…………アニキ?」
久保田君に聞かれて答えると、柳君たち三人が吹きだす。あの美人にアニキはねーよとか、堀さんの精神構造が分からないとか、渾名のチョイスがおかしいだとか散々な事を言われているけど、リズ様はアニキなんだよなー。困った時に助けてくれる頼りになるアニキ。
あ、エドさんたちが頼りにならないって訳じゃない、勿論。でも、事あるごとにトラブルを一刀両断してきた、竹を割ったような性格のリズ様を見ていると……ねぇ?
「要は家族なんです。彼氏とかじゃなくて」
そう、生まれて初めて持った温かい家族。あ、エドさんたちの不憫病が出ちゃった。二人の手が私の頭を撫でているのを感じてそう思う。不憫じゃないよー、幸せだよー?
ん?もしかしたら彼氏の一人も作れない私が不憫か?だとしても、サジさんならともかくエドさんは同類なんだから不憫がられる筋合いは無いぞー。
「家族?」
吉村君が不思議そうに尋ねる。そりゃねー、私がオカンだオネエだ言っても、エドさんとサジさんは若い男性だ。16歳の美少女との家族というくくりは奇異に感じられるでしょう。でも、私たちがこれで良しとしているのだから、これでいいのだ。
「……おい、お前から言えよ」
「いや、だって、最初に話を聞いたのはお前だろ?」
「俺は会っていないし、お前らからの又聞きだから、二人に任せる」
柳君と久保田君が押し付け合って、吉村君は自分は蚊帳の外宣言だ。
なんだろう。言い難い事のようだけど、この三人から私に何か言わないといけない事など思い当たる節が無い。
「えーと、堀さんって、お兄さんと妹さんがいる?あ、あっちで」
柳君の言葉を聞いたエドさんとサジさんの体がピクッと動いた。第四界の話なんてしたら、また不憫病が出る?
私がいくら「どうでもいい」「気にしていない」と言っても、折に触れて語った小さなエピソードが彼らには許し難い事のようだ。私もそれが分かっているので積極的に語ることは無かったが、1年以上も一緒にいるうちに、ちらほらとこぼれた話はある。彼らに嫌な気持ちをさせたくないからその手の話題を避けているだけで、私自身には何ら思う所が無いというのもある。
私が宥めるようにエドさんとサジさんの腕をポンポンと叩くと、「スマン」と小さな声が聞こえた。
私だって、何故いきなりこんな質問をされたのか分からないけれど、先ず話を聞こうと思う。
「はい、3歳上の兄と4歳下の妹がいました。でも、いきなりそんな事を聞くなんてどうしたんですか?」
私が肯定したことで、彼らはさらに気まずそうな顔をした。一体何なんだ。
「プライベートな事に首を突っ込むのは失礼だとは思うんだけど、でもってデリケートな話を元同級生ってだけの俺らが言うのも変なんだけど――堀さんって、ご家族と折り合い悪かった?」
「いえいえ、全くそんな事は無かったですよ?」
「本当に?」
「はい」
本当に折り合いは悪くなかった。むしろ、折り合いってナニ?レベルで関わりは少なかったが、衣食住の世話になり、習い事もふんだんにさせてもらっていた。虐待めいた暴力・暴言共に一切なかった。
本当に彼らは何が言いたいんだろうか。
「じゃ、その、ご家族が第二界に来ていたら、会いたいと思う?」
柳君の言っている意味が分からない。言葉としては分かるけど、正直に言って”この人は何を言っているんだろう?”としか思えない。
「あなたたち、何をしているの?」
リズ様の声が部屋の外から聞こえた。
「すみません、副会頭」
「申し訳ありませんっ」
「お仕事に戻りなさい」
「はいっ」
バタバタと幾つかの足音が遠ざかっていった。誰かが聞き耳を立てていたのか。
ドアが開いて入ってきたリズ様がエドさんとサジさんに呆れた目を向ける。
「あなた方がいて、どうしてドアの外の気配に気づかなかったのかしらね?」
「聞き耳立てるような従業員を飼ってるお前に言われたかねーな」
反論したものの、エドさんはちょっときまり悪げだ。
「ホリィ、ごめんなさいね?ゆっくりお話しさせてあげたかったのに、うちの従業員……ローマンとシオンが邪魔立てしてしまって。あなたが男性と部屋に入っているのが気になって仕方なかったのですわね。困った子だちだわ」
「あー……ホリィに気のある受付と御者か。ってか、御者の方はまだ諦めてなかったのかよ、あんなにきっぱりとフラれておいて」
久しぶりにシオンさんの名前を聞いたぞ。ローマンさんとは商会に来るたびに挨拶位はしていたけど。……柳君たちの視線が生温い。さっきも説明したように、この容姿は不可抗力と言うか無知の賜物というかで、私の希望ではなかったんです。モテてモテて困っちゃうーなんて調子に乗ったりしてませんので!それに、この顔なのにそんなにモテないよ?ナンパは結構されるけど、会話を交わすようになった人たちはそういう目では見られないから、私のモブな中身が分かるんじゃないかなぁと推測している。残念臭というものは滲み出るものなのだ。
「なんっつーか、込み入った話になるようだから家に戻るわ」
ここじゃ落ち着いて話が出来ないからとエドさんが言う。私としても吉村君に調薬を見せる約束をしていたので否やは無い。むしろ好都合だ。
◇◇◇
「へー、堀さん、凄いところに住んでるなー」
久保田君が言う。確かに日本人の感覚だと、こんなお屋敷に住むのは一部の富裕層か芸能人かって感じだもんね。
「リズ様のご厚意で貸して貰ってるんです」
しかもタダで。スレンダーなやり手美女は、私に対してたいそう太っ腹だ。
招き入れた部屋でお茶を供し、一息ついたところでさて本題。
「会いたかったとしても会いたくなかったとしても知っていた方がいいと思うから言うけど、堀さんのご家族らしき人達がこっちに来てるよ」
あー、うん、やっぱりそういう話なんだね。
さっきの話からそうは思っていたけど、実際に聞くと衝撃だなぁ。
何故なら私が異世界転移を迷いもなく決意したのは、第四界で結ばれた多生の縁が切れるというその一言だったのだから。
もう、いったん切れた縁だから他人と思っていいの?それとも、家族がこっちに来ちゃったら縁は継続なの?
ねぇ、こういう場合はどうなるの?
家族まで異世界転移をするなんて想定していなかったから、どちらの管理人さんにも聞いてないよー!!




