第97話 同郷人たちとのお茶会
王都に着いたばかりの頃の私だったら、顔が変わっているのをいいことに柳君たちをスルーしただろう。今の私でも、彼らが辛そうだったり荒んでいたりしたら関わる気にはならなかっただろう。
けれど、サンストーンでの佐伯君との邂逅やエドさんたちとの生活で私はもっと外と関わろうと思うようになっていた。
声を掛けたいと思えたのは、彼らがオルダ生活を楽しんでいるように見えるのも大きい。
「こんにちは、お久しぶりです。――覚えてるかどうか分からないですけど、堀です」
声を掛けたときの彼らの驚愕と言ったらなかった。ですよねー。驚きますよねー。私のことを覚えていなかったとしても、堀という日本名で同郷だとは知れる筈。怪しまれることは無いと思いたい。
「堀さん?え?マジで?」
久保田君は覚えていてくれたようだ。良かった、記憶の片隅にでも残っているようだ。
「すげー美少女になっちゃって、堀さんってそういうの望むタイプだと思わなかった」
吉村君が言う。それについては知らなかった事とは言え、私の望んだことじゃなかったんだよ。
「それについては色々と事情がありまして。佐伯君に聞くまで私がどうしてこんな顔になったのかも分かってなかったんです」
言い訳がましいけど言う。
「佐伯?佐伯と一緒なの?」
柳君が言う。
「いえ、隣国に行ったときに偶然会ったんです。あの、ここじゃ落ち着かないので、良かったら何処かでお茶しませんか?」
おー、ぬらりひょんの私が同郷の人相手とはいえ、一人でお茶に誘うなんて凄くない?エドさんとサジさんに是非報告せねば!
「だねー、せっかく会えたんだし、情報交換もしたいしね」
柳君が了承してくれたので店を出ようとすると、背後からリズさんに止められた。
「ホリィ、お友達なの?」
「あ、リズ様。えーと、例の同郷の」
お友達と言う関係ではないけれど、ただの知人と言うのはオルダでたった15人の日本人としてちょっと寂しい気もする。なので否定も肯定もせずに同郷であることを告げた。これでリズ様には分かる筈だから。
「だったら先ほどのお部屋をお使いなさいな。他聞を憚る内容もあるでしょう?」
後半は私にだけ聞こえるような小さな声だった。
「え、いいんです?」
「勿論ですわ。そちらの方々、宜しかったらどうぞ。私、この商会の副会頭をしておりますリザベツと申しますわ。ホリィの保護者を自認しておりますの。どうぞ宜しくお願い致しますわね」
たおやかで清楚な美女のリズ様ににっこりと微笑まれて顔を赤くした彼らは、返事も出来ずに、言われるがままに商会の奥へと足を進めている。だよねー、リズ様ってばすっごく美人だもん。夢遊病状態のようにも見えるが、気持ちは分かるとも。
「ありがとうございます、リズ様」
「宜しくてよ。お茶を持ってこさせますから、時間の気兼ねなどせず、ゆっくりとお話しなさい」
お茶の用意をさせてリズ様が出て行ったので、柳君たちに座るように誘導する。私の家じゃないけど、勝手知ったるのは私だけだしね。
「あの、勝手に決めちゃいましたけど、ここで大丈夫ですか?」
「ん?ああ、いいんじゃね?ってか、確かに人がいるところじゃ話し難い事もあるもなー」
「だよね、でも、堀さんって凄いね。大きな商会の副会頭っていう美女が後見してくれるとか」
大きなテーブルの片側に柳君、吉村君、久保田君が座り、対面に私が一人で座る。なんだか面接されるかのようだ。
「良くして貰ってます。で、最初に大事な話をしたいんですけど」
やや前のめりで言う。この話をしてからでなくては情報交換も出来ないと私は意気込む。
「大事な話?」
柳君が首をかしげる。第四界ではほぼ関わりが無く、狭間でも同じく。オルダに来てからこれが初対面だというのに、大事な話とか言われたら不審に思うよね、そりゃ。でも、これだけはきちんと言っておかなくては。
「はい、大事な話です。私はエム……狭間の管理人さんに美少女になりたいなんてお願いしてませんから!」
「え、大事な話ってソレ?」
久保田君が吹きだす。いや、大事だよ。私の矜持として。異世界ヒャッハーで増長している痛い女だと思われたくない。チート貰ってヒャッハー状態ではあるんだけど。
「第四界でモブやってた私が、異世界で美少女になって調子に乗っているとか思われたくないんですよっ。これには事情がありまして、私はオルダの極々平均的な容姿を希望したんです。この世界で浮かないように、埋没できるように。管理人さんはそれを請け負ってくれたんですけど、蓋を開けたらこの顔で……去年、隣国のサンストーンで佐伯君に会って聞いたんですけど」
えーと、何て言ってたっけかな。
「人の顔は平均に近くなるほど美しいと認識される、とか何とか言っていたような。統計数が多いほどそれが顕著になるのだということで、この世界の平均を望んだら、こんな事になってしまったんです!」
不本意だという事を前面に押し出して訴えていると、三人とも何故か笑っている。私の力説っぷりはおかしかっただろうか。
「ぷっ……ご、ごめん。笑っちゃって。堀さんってこんな感じだとは思わなかった」
吉村君が謝ってくれるが、そもそもこんな感じとは?美少女になったことを悔やんでいる、別方向で痛い女だとか?
「そ、それ、聞いたことある。佐伯が言ってたってヤツ。……くっくっくっ」
「うん、堀さん、面白い人だったんだねー。うん、大丈夫。堀さんが言いたいことは理解したから」
笑われていることに納得はできないものの、美少女になったのは私の願いではなかったという事を飲み込んでくれたのならそれでいい。
「分かってくれてありがとうございます。お茶をどうぞ。このお茶はアズーロ商会が外国と取引しているお茶で、この国では珍しいものですが本当に美味しいですよ」
「堀さんも、商会の人みたいだね。あの美人さんが後見だから?」
「ですね。あと、私がここに薬を卸してるから、ですかね。あ、私が作ったんじゃなく、薬師様が作った物を私が窓口になってアズーロ商会に卸していることになっているので、その辺を含んでおいてください」
アズーロ商会の中でも上の方の人たち、或いは直接やり取りする人たちにはある程度ばれているような気もするが、皆さん野暮なツッコミを入れずにいてくれている。
「何で、また。堀さんが作ってるんでしょ?」
「え!?あの、効果が高い奴!?堀さんが作ってんの?どうやって?普通のと何が違う手法なんだよね?俺、普通のしか作れないから研究しようと思ってきたんだ!」
久保田君の質問の声に、吉村君が思わずと言うように立ち上がって被せるように食いついてきて、ちょっと吃驚した。
「ヨシ、堀さんが引いてるからちょっと落ち着いて」
柳君が吉村君の肩を叩くと、彼は少し落ち着いたようでソファに座りなおした。
「ごめん、堀さん」
「いえ、大丈夫です。でも、普通のとの違いと言われましても、普通の調薬をよく知らないんですよねぇ。心当たりとしては、鑑定眼で質の良い素材を選んでいることと、クリーンルームかという位に清浄魔法をかけていること、薬草などの洗浄もすべて魔法で行っていること、位でしょうか」
「なにそれkwsk!っていうか、調薬見せて欲しい」
「いいですよー、でも、ここじゃ拙いので私のうちで……あー、同居人っていうか保護者の許可が取れたらになっちゃいますが」
エドさんとサジさんと暮らす家だ、勝手に人を招く訳にはいかない。
「保護者って、さっきの美人さん?」
「いえ、あと二人保護者がいるんです、私」
過保護者ともいう。
そんな話をしていると、ドアがノックされ過保護者のうちの一人であるリズ様が入ってきた。
「ホリィ、エディたちが来ましてよ?」
ちょうどいい所に来てくれた。――というか、リズ様が連絡を取ってくれたんだろうなぁ。私の第四界での生活の話はさらっと流したつもりなんだけど、それでも心配をかけてしまったのかもしれない。リズ様まで「不憫病」を発症しませんように……。




