第94話 犯人はお前だ! 3
リズ様から短刀を取り上げるときに反抗されるのではと思ったが、身じろぎ一つしなかった。命令が無い限り自分から動くことは無いと思っていいのかな。
キュアをかけてエドさんとサジさんを起こし、録音した内容を聞いてもらった。魔導長官はおそらく聞き耳を立てるどころではないだろうが、念のために遮音結界も展開しておく。
「どうしましょ?」
「どうしましょうって……あの人、凄い形相になってるけど大丈夫なの?」
サジさんの目線の先には魔導長官。全身の痺れはそりゃもう耐え難いでしょうとも。
「命に関わるようなことは無いので大丈夫です」
メンタルには関わるかもしれないけど。
「お前、結構えげつないな」
エドさんまで同情的だ。魔導長官にあんな嫌味を言われて犯人にさせられそうになってたっていうのに。
「前の世界で多少護身術的なものは齧ってましたけど、実戦経験が無いんですよ。で、今のスキルバリバリの状態で手を出したり、使ったことのない攻撃魔法を向けたりするよりましかなぁ――と。うっかり殺っちゃったら困りますもん」
「うっかり……」
「そうね、ホリィちゃんだものね。ホリィちゃんがうっかりしちゃうよりは、今の状態のほうがマシよね、多分」
多分ってなんぞや。マシに決まってるでしょうに。
エドさんとサジさんと打ち合わせて、録音の魔道具は故郷で手にしたものだという事にし、あとはありのままを皆に話す方がいいだろうという事になった。最初にエドさんと会った時に山の中でした、本当の事を隠しているけど嘘ではない話をすることも。
故郷はもうない事、その村で一緒だった14人とはバラバラになった事、村を出てから1年と少々なので、世間一般の常識が幾分(?)欠けていること。
私としては、魔導長官がちゃんと捕まって裁かれるなら、もう後はどうでもいいので早いところ解放してほしい気持ちでいっぱいだ。その後の面倒事はもう、お偉いさんたちで何とかしてくれ。私には関係ないんだから。
いまだに床の上でのたうち回っている魔導長官以外の面々にキュアをかける。
「え……、これは、どういうこと、ですか?」
宰相補佐様もさすがにこの光景に衝撃を受けた模様で、魔導長官と私とを交互に見ては口を開けたり閉じたりして忙しい。なんで私がやったと思うかなー。……私がやったんだけど。
「ホリィ、これはどういうことですの?」
リズ様も私がやったと思うかぁ。うん、私がやりました。
「すみません、図々しいんですが、先ずお茶を飲みたいです」
魔導長官とのあれやこれやと、その後のエドさんとサジさんへの説明で私の喉はカラカラだ。
「あ……はい」
宰相補佐様が自らドアの外で警備していた兵に声を掛け、しばらく待つとメイドさん?侍女さん?(違いが分からないぞ)がお茶を持ってきてくれ、一息つく。あー、美味しい。自分でも上手に淹れられるように、リズ様のとこの人にお茶の淹れ方を教わろうかな。
「薬師殿。魔導長官は一体どうしてしまったんでしょうか」
「私たちを害そうとしたので、麻痺をかけて痺れてもらっています。結論から言うと、犯人はコイツです」
「犯人、ですか」
「はい、国王陛下に呪詛をかけたのは魔導長官です」
「まさかっ、そんなことあり得ませんっ!」
横から口を挟んできたのは魔導長官補佐様だ。上司だし身内みたいなもんだろうから、信じたくないのは分かる。
「先ず、これを聞いてください。これは私がいた村にあった魔道具で、会話をそのまま記録できる道具です」
再生させたそこから流れてきた魔導長官の声を、宰相補佐様も魔導長官補佐様も声も出せずに一心に聞いている。乱入組も然りだ。みな、言葉を忘れたかのように部屋の中は再生音と浅く短い呼吸音だけが満たしている。
さして長くも無い会話の再生が終わると、宰相補佐様は両肘をテーブルにつけ、手の平で顔を覆ってしまった。ダンディなお髭の小父様である宰相補佐様は、出来る男っぷりが霧散して打ちひしがれているけれど、これ、私のせいじゃないよね?魔導長官のせいだよね?
魔導長官補佐様は呆然として口を開いたまま、ただ魔導長官を見ている。
「この魔道具は証拠になるでしょうから一旦そちらにお預けします。あと、魔導長官を拘束してもらってから麻痺を解除します。で、皆さんに契約魔法を掛けます。申し訳ないですけど誰かにやってもらうんじゃなく私がやります。そして、帰ります」
もう、疲れたよ。早く帰ってヨルとタマコに癒されたい。美味しいご飯を食べて温かいお風呂に浸かって柔らかいベッドで寝たい。まだ昼くらいだけど。こんな状況、私のキャパには余る。
「ちょ……ちょっとお待ちください、薬師殿。帰るとは」
「お家に帰ります。疲れましたし、国王陛下の治療も済んだようですし、私はお役御免だと思うんですけど」
「いや、しかし」
やるべき事はちゃんとやってから帰るよ?
「お家に帰ります」
「先ずはその男の拘束だ」
エドさんが言うと、宰相補佐様はハッとした様子で再度ドアの外の兵に声を掛けた。
兵が呼んできた偉いっぽい感じの騎士様が問いかけようとするのを宰相補佐様は制して、拘束の魔道具を用意するように言う。
「残念ながら魔導長官の罪が明らかになった。この件は正式に裁判にかけられるが、それまでは他言無用とする」
騎士様が魔道具で拘束したことを確認した後、魔導長官に無詠唱でキュアをかける。罪が明らかになった事の衝撃か魔導長官は一言も発さずに虚ろな目で中空を見つめていた。
(いや、あれ、お前のした拷問のせいだから)
エドさんが耳打ちしてきたけど聞こえないーっと。
私を見ていた宰相補佐様に頷きで返事をすると、宰相補佐様も口を真一文字にしたまま頷いた。
「引っ立てよ!」
命令一下、騎士様が無言で魔導長官を引き摺るように連行していった。そういや、あの騎士様ってば一言もしゃべらなかったな。職務だからなのか寡黙だからなのか。
「リズ様、私はもう疲れちゃいましたので、この後の事はリズ様に丸投げしちゃってもいいですか?」
「勿論ですわ。元よりその積りでしたもの。ごめんなさいね、あなたにはずいぶんを負担をかけてしまいましたわ。あなたがいなかったら叔父様も私たちも無事では済みませんでしたもの。本当にありがとう」
「リズ様のお役に立てて良かったです」
そっと背を撫でてくれたリズ様に笑顔で返す。私は、国の為に頑張ったのでも陛下の為に尽力したのでもない。リズ様のお願いだから、リズ様が困っていたから、リズ様の為だから奮励したのだ。リズ様が喜んでくれたんだったら、後はもう本当にどうでもいいので、帰りたい。
ここ数十分の間に何度”帰りたい”と思った事か。ここは庶民には居心地が悪すぎるよ。
「契約魔法の内容として、私のことは他言無用で個人的接触はお断りです。調薬依頼などはリズ様を通してくださいね」
「陛下と宰相への報告だけはさせて頂きたいが如何だろう?」
「それもリズ様を通してください。リズ様の契約している薬師の事なのでお話はそちらから、と」
「しかし、魔導長官の件もある」
「それは私には関係ないです。たまたま居合わせて、たまたま証拠を掴むことが出来ただけですから」
「とは言え薬師殿」
「はっきり言いますと、どうでもいいんです。不遜な物言いで申し訳ないですけど、私の承った仕事は陛下の病状の診断と調薬です。そしてそれは完了しました。それ以外の事は、私とは関わりのない事ですから、そちらでどうぞ対処してください」
疲れているせいかな、ちょっと自分でも物言いがきつい気がする。
「後の事は私が取り扱いますわ」
「リザベツ様がそうおっしゃるのであれば……」
宰相補佐様が不承不承ながらも了承してくれたので、それぞれに契約魔法をかけた。
「ん?かからない?」
乱入組の一人とは何故か契約が成されない。
「あなた、薬師殿の魔法を拒否しているの?」
魔導長官補佐様が乱入組のうちの魔法契約がかからなかった男に言う。
拒否するとかからないの?あー、まぁ、契約だもんねぇ。一方の思惑だけでかかっちゃ拙いか。
「も、申し訳ありませんっ。薬師殿とお話ししたい、お近づきになりたいと思ってしまって無意識に拒否してしまったようで。薬師殿、意図的に拒否したわけではないんです。大変申し訳ありませんでしたっ」
直角に体を折り曲げて頭を下げられた。
「え、じゃ、なんで魔導長官の隷属魔法に掛かっちゃったんです?」
拒否ればかからないって言うなら、アレだって撥ね返せたはず。
「契約の魔法は双方の合意が無いと発動しませんが、隷属の魔法は強制的な魔法なのですよ。それでも掛けられる側が拒絶していれば、彼我の力量によっては効果はございません。が、此方側は魔法を受け入れる態勢でしたし、魔導長官の魔力量は大きいものでしたから……」
あー、なるほど。契約魔法だと思っていたから抵抗しなかったと。抵抗すればある程度は防ぐことが出来ると。
突発な出来事だったと言うのに、魔導長官は結構考えてはいたんだな。
抵抗を理性で封じ込めた最後の一人に契約魔法をかけて終了。
「じゃ、帰ります!お疲れ様でしたー!」
後の事はリズ様に投げることにして、エドさんとサジさんと一緒に王宮を後にする。
恨みがましい目で見て居る乱入組は見なかったことにして、任せとけ!とでもいいそうなリズ様にぺこりと頭を下げ、これでもうお仕事終了ー!
その後、ヨルとタマコに存分に癒やしてもらって、ゆっくりとお湯につかる。
部屋を……というかベッドから降りずに翌日の朝までゴロゴロして過ごした。
あー、疲れた。
あ、そういえば予備のアムリタを置いてくるのを忘れてた。ま、いいか、そうそうアレが必要になる事態にはならないでしょう。




