第9話 それでもチートもりもりは勘弁して
「ごめんなさい」
恥ずかしい。
子供の自分が。身の程知らずの自分が。常識無しで考えなしの自分が恥ずかしい。
『分かればいいのよぅ。あっちでは、まだ、親に守られる子供の年なんでしょ?こっちでは成人だし徒弟とはいえ職歴5年の子もいる年だけどぉ』
うっ。追い打ちをかけられたけど仕方ない。私が悪い。
謝罪の時に下げた頭があげられない。熱を持った顔が痛いくらいだ。
『うふふっ。ちょっと意地悪だったぁ?でもねぇ、一人で生きていくなら力が必要だって分かって欲しかったのよぅ』
「ハイ。十分わかりました。ごめんなさい」
『分かってくれればいいわぁ。じゃ、ギフトね』
管理者さんが手を伸ばして私の頭を撫でてくれた。
「よろしくお願いします。需要があって生涯安泰な職に就くためのギフトを下さいっ」
『……手に職は変わらないのね』
「それが大前提なので」
ギフトは有り難くいただこう。
けれど、ノーフラグ・ノーイベント・安全第一・いのちだいじにの方針を変えるつもりはない。
『ま……いいわ。先々も需要が確定していると言ったら生活必需ね。
食事が必要なくなることはないし、服を着ない人はいない。怪我をしたり病気になれば医師や薬が必要。そのあたりでどう?』
食に関してなら、野菜を作る人、家畜を育てる人、魚を捕る人。調味料も必要だし、料理する人も必要。
服なら糸をつむぐ人、織る人、デザインする人、縫う人、売る人。
医療に関しては、医師、薬師、錬金薬師、魔法治療師。
管理者さんが並べた職業に就く自分を想像した。
第四界で動植物に関われなかった自分を覚えているので、第二界なら大丈夫だろうと言われても農業・畜産は気が進まない。
服…センスに全く自信はないが、かろうじて糸紡ぎと機織りなら頑張れそうなきもする。けど、やりたいかと言ったらそうでもない。
医師というと対人スキルが必要だよね?知識や技術をギフトで貰っても対人スキルは自分で構築していかなきゃならないだろうし難しそうだ。
本当にこんな低レベルの人間が支援なんか要らないなどとよく言えたもんだ。
「薬師と錬金薬師って何が違うんですか?あと、魔法治療師というのは?」
『薬師は主に植物を材料として薬を調合するお仕事。病気治療や予防のための生薬ね。
錬金薬師は植物のほかに鉱物や魔物素材やほかにも色々使って魔法薬を作るの。水薬が多いかしら。体力回復薬、魔力回復薬、怪我の回復薬や解毒薬なんかもあるわね。
魔法治療師は、魔法医師とも言われるわね。回復系の魔術を使って治療するお医者さん』
なるほど。医師・薬師は日本で言うところの医者と薬剤師で、錬金薬師と魔法治癒師はその魔法使いバージョンなのね。
確かに生きていれば怪我や病気は気を付けていても避けられない。
腕さえよければ食いっぱぐれのない職業だ。
向こうだって藪医者とか言われるお医者さんもいたし、きっとこっちでもそれは同様だと思う。
魔法治療師もないな。理由は医師と一緒。対人スキルが問題だ。
では、薬師か錬金薬師。
魔法を使える人が全体の一割ということは、錬金薬師はレア職=高給取りだろう、多分。
だが、レアな職に就いて上手く立ち回れるかと言うと自信がない。そもそも戴くギフト頼りで自分の才能や努力に由来した力じゃないからだ。
ここで【安全第一】【いのちだいじに】と生涯安泰な高給とを秤にかける。
最初の予定ではモブとして世に埋没しつつ手に職――と思っていたのだけど。
沢山稼げるかもという考えも頭をよぎり、どうせ貰うギフトならレアでもいいじゃんかとか、お金で幸せは買えないけどある程度の不幸は追い払えるなどど以前に読んだ小説のフレーズを思い出したり、魔法のある世界に来たんだからやっぱり使ってみたいと思ったり。
「れ……錬…金、薬…師でお願いします」
安全第一と言いつつ、魔法の魅力には抗えなかった――っ!
俗人だもん、子供だもん、ラノベ好きだもん、仕方ないじゃないか。
なるべく目立たぬよう、こっそり稼ぎつつ第二界生活を楽しもう。
『うふふっ。分かったわ。錬金薬師ね。あと生活魔法は付けておきましょ。電気やガス・水道のある生活から火おこしや水汲み生活ですもの。火魔法と水魔法があればずいぶん楽になるわ』
「ああ、それはありがたいです」
『身を守ることは出来る?』
「向こうである程度は武術も習ってましたがそれほど強くはないです」
なるべく家にいないようにとの思惑からだろうが、塾やスイミング、英会話にダンス、空手やら剣道やら合気道やらいろいろ習い事はしていた。
『そう、じゃ、身を守る術は必要ね。身体強化と体術、剣術くらいは付けましょ。あと逃げ足ね』
「はぁ…あの、貰い過ぎても困るんですが」
『いのちだいじに、でしょ?身を守る術は必要よぅ。第四界もそうだろうけど、第二界も善人ばかりじゃない』
なるほど。
いのちだいじにの為か。
『錬金薬師をするなら、鑑定眼は必要ね。材料を自分の目で精査するのは大事。ああ、薬だけじゃないわ。錬金のギフトだから武器などの装備も作れるの。高レベルの素質にしてあげるから、およそ人の手で作り出せるものなら何でも作れるようになる。あ、あくまで素質よ?努力しなきゃそのレベルには達しないからねぇ』
いや、もう、ヤバくないか。
素質だけならいいの?これ、私が避けたい”するかしないかの選択”になってるんじゃないの?
『物を作り出せるんだから、それに価値を付けましょ。付与術があれば、身を守る術は増える。
あとは何が必要かしら?』
身を守るため、つまり【安全第一】【いのちだいじに】路線だから必要?
なんか、貰い過ぎて分不相応すぎて身の丈にあってなくて怖い。
「そんなに要らないです。錬金薬師のギフトと身を守るためのギフトだけでも過ぎてる感が満載で、もういっぱいいっぱいで怖いです」
『大丈夫よぅ。さっきの子が言ってたでしょ。あるものは”使わない”選択肢があるの。
そうね、いっそさっきの子みたいに全部つけちゃえばいいかぁ。じゃ、第二界での生活を楽しんでねぇ』
「え?やだ、要らない。怖い。無理無理無理無理~~~~っ」
私の抗議もどこ吹く風と、管理者さんが笑顔で手を振っている姿。
それが狭間で見た最後の絵だった。
チートもりもりは要らないよぅ。