第89話 愛ある説教
「ホリィ!お願いした私が言えることではございませんが、アムリタの作製だなんて何を考えていますの!?」
「え?」
「お前が無茶苦茶なのは重々承知だったがな、これは非常識の大盤振る舞いが過ぎるだろ!」
「は?」
「竜の逆鱗やら世界樹の樹液やら……入手がほぼ不可能な素材を所持していることが知れるだけでもあなたの身に危険が及びましてよ!?分かってらっしゃるの!?」
「あのー」
「俺とリズとがどれだけ抗弁しようとも、国がその気になって囲い込む気になったらどうすんだよ!っつーか、その気にならねー方がおかしいわっ」
えー、何で説教が始まってるの?だって、リズ様の叔父様だよ?治せるもんなら治すでしょう、当然。
二人の説教に対して「不服です」と顔に出ていたんだろう。リズ様が私をぎゅっと抱きしめて言った。
「あなたが心配なのよ、ホリィ。私が無理を言ったせいであなたが本意ではない状況になるのではないかと」
「いざとなったら、マジでばっくれんぞ。その心積もりはしておけ」
二人とも、お偉いさんに対して一歩も引かずに冷静にかつ強気に対応していたけれど、本音では途中で、全てを無かったことにして帰りたかった位に焦っていたそうだ。もちろん、私の為に。
幸せだなぁ、と思う。オルダに来て本当に良かった。嬉しすぎて二人にかける言葉が見つからない。だから一言だけ。
「二人とも大好きです」
精一杯の気持ちを込めて伝える。本当に好き、大好き。
「私だって、ホリィの事が大好きですわ」
「当たり前だろう」
右からリズ様に、左からエドさんに抱きしめられる。天国か、ここは。ひょっとしてあの事故で昏睡状態にでもなっていて、幸せな夢を見ているだけなんじゃないだろうか。
そんな馬鹿な事を考えてしまう位の多幸感。
後日、その話をサジさんにしたら「私だってホリィちゃんが大好きなのに―っ!」とその場に居合わせなかった無念をぶつけられつつ抱きしめられた。
やっぱり、幸せだった。
◇◇◇
「大蜜蜂の蜜蝋とガジュマルの根が用意できました」
さすがに王宮だけある。部屋を出て行ってから30分と経たずに魔導長官補佐様が戻ってきた。
「では、明日の朝にアムリタを持って再登城いたします。調薬の道具は使い慣れているものの方がよいので。もし、情報漏洩などが心配でしたら、見張りを付けていただいて構いません。幸い、リズ様にお借りしているお家には部屋が余っていますから」
これは方便だ。材料がそろった今、やろうと思えば一瞬でアムリタの調薬は済む。あ、無菌室状態にするための前準備にもう少し時間がかかるか。
リズ様は一刻も早く陛下の薬を作ってほしいだろうに、エドさんから私の調薬がどんなに非常識かを聞き、王城でやるべきではないと主張した。一日足らずでアムリタを調薬するのも、本来ならあり得ない事だろうとリズ様はせめて数日時間を取るように言ってくれた。
それに対し、神話や伝説上のお薬で誰も再現できていないのだから、比較対象無しと私は押し通した。実際、陛下のご容態が少しでも早く回復するに越したことはないし、補佐様たちを信頼しても情報はどこからともなく洩れるものだ。時間をかければかけた分、陛下に害意を持った何者かが私へとたどり着く確率が上がってしまう。そこまで聞いて、リズ様はやっと納得してくれた。
「申し訳ないですがお言葉に甘えて私の部下の一人を付けさせていただきたい」
「リズ様とエドさんの後見があるとはいえ、私は一介の薬師です。初めてお目にかかったのですから、全幅の信頼が欲しいなんて無茶は言いません」
私が苦笑いで答えると、宰相補佐様も笑って頷いてくれた。
「ありがとうございます。すぐに手配をしてこちらに寄越しますので、どうぞ、よろしくお願いします」
私の監視役である宰相補佐様の部下さんは、30過ぎ位の小柄な女性だった。
この世界に来て、初めて自分と大して身長の変わらない成人女性を見たよ!身長が高くないのに可愛らしいと言うより綺麗系の女性で、自分が子供に見えることを身長のせいにしていたことを反省する。反省するとともに、ちょっと悲しくなった。身長のせいじゃなかったら何なんだろう……。
中身か!?成人は20歳の日本で育ったせいで、どこかで自分を子供だと思っている?もう、16歳になったのに……。あ、あっちでは成人が18歳になるんだっけ?
「初めまして、アリウムと申します。ご自宅での警護を仰せつかりました。明日までの短い間ですが、よろしくお願いいたします」
警護という事にしたのか。もしかしたら陛下を治せる薬が作れる薬師を、監視とは言いにくいよねぇ。チラリと宰相補佐様を見ると、にこやかに笑っているがお腹の中でどう思っているかが分からない。さすがに次期宰相と言う感じだ。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
サジさんとヨル達を詰め所で拾い、アリウムさんを監視役に私たちは家に帰った。
空いている部屋にアリウムさんを案内し、今日はこちらに泊まると言うリズ様の部屋も共に整える。王宮への送迎馬車を担当してくれた御者さん(シオンさんではない)がリズ様のお付きの人たちを迎えに行ってくれるそう。
さて、アリウムさんが不審に思わないよう、私は今から明日の朝までは調薬室にお籠りだ。
部屋をクリーンルーム状態にして、さくっとアムリタの調薬を済ませた。
【鑑定】
――アムリター―
死者をも蘇らせることの出来る薬箋失われし伝説の神薬
ありとあらゆる疾患を恢復させる
飲用
美味
等級:伝説級
大・成・功!
って”等級:伝説級”ってナニ?アムリタが伝説・神話レベルのお薬だから?
等級部分を詳細鑑定すると
――等級――
品質の区分け
E~A S SS SSS 超常級 伝説級 神霊級 神話級の階級がある
へー、最初に作った風邪薬が等級Sだったけど、こんなに上があるんだ。
でもこれ、エドさんに怒られるヤツかもしんない。
言い訳をさせてもらうと、竜の逆鱗が1枚しかなかったから、絶対に失敗できなかったんだ。あんな大見得切っておいて「できませんでした。でへぺろ」って訳にはいかないし、リズ様の叔父様である陛下の治療が先延ばしになってしまう。
うん、先延ばし。
エリクサーも、あと何点かの材料で制作可能だし、必要素材はそれ程レア度が高くないから王宮の伝手がなくともリズ様に願いすれば入手可能だと思う。
エリクサーで結果的に陛下の治療が出来たとしても、リズ様とエドさんがあれだけにらみを利かせて補佐様たちに豪語してくれたんだ、アムリタを出したいじゃないか。
でも、伝説級にまでならなくても良かったんだよ……。
「お、いいじゃねーか」
叱られるかと思いきや、お茶を差し入れに来てくれたエドさんは「伝説級」の話を聞いて相好を崩した。怒られないのは嬉しいけど何故だ。
「アムリタを作るってだけでも異常だけどな、等級が伝説級だなんて、ここまで突き抜けちまえば却って話を通しやすい」
「そうなんです?って、何の話を通すんですか?」
「ありていに言えば、国はお前の事を”少々の無茶をしてでも手に入れたい存在”だ」
囲われそうになったら逃げますけどね。そう思いながら頷く。
「だが、ここまで来ちゃもう、逃げられることが怖くて、ほんの少しでも機嫌を損なうことを恐れて、向こうが下手に出る。つまり、お前が無茶を通す立場になったんだよ」
「いやいや、私は無茶は言いませんよ?」
「立場の話だって。元々お前はこの国の人間じゃないし、枷も楔も無い。権力をもっていう事を聞かせようとしようもんならとんずら宣言。そこにきて伝説級だ。――お前の目指す一般人とはちょーっとばかり違うかもしれねーけど、王宮やら教会やらの囲い込みは回避できそうだぞ?ま、アムリタの件だけでそう持っていけるようにリズとは打ち合わせてたけどな」
それは嬉しい。エドさんに怒られずに済んだし、伝説級万歳だね。
それにつけてもオカン達の優しさよ。




