第87話 病床の国王陛下
リズ様に了承の返事をしてからは、それはもうあれよあれよという間に王宮へ連れて行かれた。いいの?素性の知れない一般人を王宮に入れて、更には病床の国王陛下の元に連れて行っても?
エドさんとサジさんも付いてきてくれた。
せめてもの自己防衛の為に変装でもしようかと言ったら、王宮に詰める程の魔術師なら、外見ではなく魔力パターンで個人を認識するから無駄だと言われた。
へー、そんな事も出来るのか、すごいねー。
さすがにヨルとタマコを国王陛下の寝所に連れて行くわけにはいかないので王宮の三の門の内側にある衛兵の詰め所で、サジさんとお留守番してもらう事になった。ちょっと心細い。
「この子どもがそれほどの力を持つのですか」
応接室?なのかな?豪華な部屋に通され、四十がらみの威厳のあるお髭のおじ様と三十半ば位のローブを着た女性と対面すると、リズ様に紹介された私を見て眉間にしわを寄せたおじ様が言った。
うんうん、わかるよ。こんな子どもに何が出来るかと思うよね。だから、威圧するのはやめようね、エドさん。おじ様の言っていることはご尤もでしょうが。
部屋の扉前の騎士さんとおじさま方のソファの後ろに立っている騎士さんが呼応しているじゃないか。私はここに国王陛下のご病状の確認、可能であれば治療に来たのであって、喧嘩を売りに来たわけじゃないよー。
「正直に申しまして、彼女は私の最後の切り札ですわ。出来れば出さずに済ませたかったのですが、このような状態では出し惜しみはしていられませんものね」
「エドヴィリアスタ様もご同様のお考えで?」
お、エドさんってば、お城にいる偉そうな人にまで様付けされてるぞ。それを聞いて思い返す。
――これだけの付き合いだって言うのに、私、エドさんをまだ正式な名前で呼んだことが無いぞと。いや、言えるよ、多分。長ったらしくて馴染みのない語感だっていうだけで、呼ぼうと思えば呼べるはず。うん、呼ぶ機会が無いだけで。
「そう思ってもらって構わぬ。正直、私はこの娘を表に出すつもりは無い。これは陛下の治療が滞りなく済んだとしても同様だ。この娘を囲い込もうとは努々思わぬよう忠告しておこう」
「ほほ、エドヴィリアスタ様におかれましては、その娘を大層お気に入りのご様子。その先入観で眼鏡違いをなさっているのでなければ宜しいのですが。――お嬢さん、こうして頼むのは忸怩たる思いなのですが、陛下のご病状は悪化の一途、もう猶予があまりないかと私たちは藁にもすがる思いなのです。あなたのお力が、エドヴィリアスタ様、リザベツ様お二方の見込み通りであることを願います」
ローブの女性が私に頭を下げた。この人もきっと偉い人なんだろうに、こんな小娘に頭を下げるなんて本当に切羽詰まっているんだ……。そして、やっぱり私は藁なんだと、改めて認識した。
「全力を尽くします」
出来るとも無理だとも言えない。リズ様とエドさんの顔を潰すようなことはしたくないが、私の力がどれだけその奇病とやらに通用するのか分からない。しかし、この二人がここまで言ってくれたのに自信が無いなどとは口が裂けても言えない。エドさんたちの私への評価が高すぎてちょっとビビっているけれど、顔には出ていないと思いたい。
「なかなか豪胆な娘さんのようですな」
お髭のおじ様が言う。これはきっと、身分の高い我々に臆さずに返答している――と言いたいのだろうが、残念ながら私は豪胆なのではなく、あなた方の身分だとか階級だとかをちっとも分かっていない小娘だからなんです。
「陛下が病に伏していることについては箝口令が敷かれております。お嬢さんの治療が上手く行かなかった場合、このまま王宮外に出すことは難しくなりますが……。王宮に留まっていただくか、口外法度の魔法契約を結ぶかとなりますよ?」
「その心配は不要だ」
エドさん、あんまりハードルを上げないでほしい。そう思ってもここでそんな事が言える訳もなく、私は国王陛下の元へと連れて行かれた。
(エドさん、あまり私を持ち上げないでくださいよ、上手く行くかどうか分からないんだから!)
小声で文句を言うと、エドさんは人を食ったような笑顔で
(何ともならなかったら、タマコに乗って遁走だろ?ま、俺は大丈夫だと思ってるけどなー)
信頼されて嬉しいと言えばいいのか、過剰な期待が重いと言えばいいのか。
(いざとなったら隣国の聖女に頼るだろうが、友好国とはいえ、王のこの状況を他国に知られるのもな……)
ですよねー。私は政なんて全く分からないけど、国のトップが原因不明の奇病に罹って床についているなんて、そうそう言えることじゃない。
(エドさん、さっきのお二人って偉い人なんですよね?)
(だな。髭男は宰相補佐で、まぁ、次期宰相だ。ローブの女は魔導長官補佐で、次期魔道長官だな)
おお、良くわからないけど、思ったよりも偉い人だった……らしい。
(そういう人たちに上からの立場で話せるエドさんって一体)
(気になるか?)
(――いやー、多分、聞いてもよく分かんないだろうからいいです)
私のオルダ常識は一般市民に即したものだから家柄とか役職とかはよく分からん。
大きなドアの前に騎士さんが二人、後ろ手に手を組んで休めの姿勢で立っていた。このドアの中に国王陛下がいらっしゃるんだろう。私なんぞがいきなりここまで来られたのは、リズ様とエドさんの顔のおかげなんだろうなー。
そういえば、童話で「姫を笑わせた者に褒美を出す」という御触れを出した王様の話があったな。あれも一般人が王宮に入ってお姫様に会ってたよなぁ。それを考えるとこの状況はアリなのか?童話と一緒にしちゃいけないか。
髭おじ様――宰相補佐様が騎士さん達に二言三言声を掛けると、ドアを守っていた二人が左右に割れて、恭しいと言っていいしぐさでドアを開けてくれた。
レースのカーテンが引かれた室内は光源が大分抑えられている。病人への配慮だろう。思ったよりキラキラしていないもんだなぁと、室内を見回す。もちろんふかふかの絨毯とか精巧な模様の入った家具などはとてもお高そうなんだけど、濃い青を基調とした室内は落ち着いた雰囲気だ。
王様のいるところは豪華絢爛なイメージだったけど、寝室がそれじゃ落ち着かないよね、うん。
宰相補佐様がベッド脇に立ち、横たわっている国王陛下の様子を見てから私に向かって頷いた。それを合図に私はベッドに寄る。見下ろすのは不敬のような気がしなくもないが、仰臥している相手に他にどうしようもない。
(【鑑定】)
サイレントで鑑定をかけて驚いた。――王様、病気じゃないよ。
唇を噛み、振り返ってリズ様を見ると寄ってきてくれた。
(リズ様、ここにいる方々は信頼できる人ですか?)
(え?ええ、勿論でしてよ。叔父様はどうだったの、ホリィ?)
(リズ様が信頼しているならいいです。場所を変えて詳しくお話しさせていただきますけど、国王陛下は治ると思います)
「本当ですの!?叔父様は大丈夫なのですね!?」
「しー、リズ様。ご病人の枕もとで大きな声はダメですよー。すみません、さっきのお部屋で詳しいお話をさせていただいても?」
後半は宰相補佐様と魔道長官補佐様へだ。
リズ様の言葉を聞いたお二人は幾分安堵の表情を浮かべているが、実績のない小娘の台詞を頭から信じる事も出来ずに不安も拭い去れない様子。
リズ様とエドさんは安心したのかほっと胸をなでおろしている。信頼が嬉しいね。
リズ様たちの表情を見て宰相補佐様たちは思う所があったのか、先ほどの部屋へとまた案内してくれた。




