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第86話 治療依頼

 王都に来て一年が過ぎた。

 相変わらず、リズ様からお借りした家にエドさんとサジさん、ヨルとタマコと同居中だ。だいぶオルダの常識にも慣れ、目指した通りの一般人をやれていると思う。

 それもこれも、目立ちたくない気持ちを理解してくれたリズ様と、フォローしてくれるエドさんとサジさんのおかげだ。


 薬の卸も順調で、今年も隣国からキュア・ポーションを大量に納入してほしいとの依頼があったが、今回は王都で作ってアズーロ商会の馬車が運んで行った。

 これが結構いい稼ぎになるのでホクホクである。



 私に平穏な日々をくれたリズ様が、前もっての約定もなく突然に家に訪れた。


 「ホリィ、お願いがございますの」

 突然の訪問の非礼を詫びるリズ様を居間に通すと、サジさんが淹れてくれたお茶を一口飲んでから彼女は言った。


 「私の叔父様が原因不明の奇病に罹っております。宮廷魔術師も宮廷医師もこの半月の間ずっと手を尽くして原因を調べているのですが、未だに判明いたしません。せめて症状を緩和させるべく尽力してくれてはいますが、治療の効果も無いままなのです」

 私の隣に座っていたエドさんが息を呑む音が聞こえた。エドさんとリズ様はお家ぐるみのお付き合いがあったようなので、リズ様の言う叔父様に心当たりがあるのだろう。


 この一年の間に、リズ様からの依頼で患者さんを診たことも、その患者さんのための調薬もしたことはあるが、アポなし訪問することは無かった。


 「リズ様の叔父様がですか?どんな症状なんですか?」

 蒼白なリズ様はきっとおじさんの事をそれは心配しているのだろう。カップを持つ指先が少し震えている。こんなリズ様を見るのは初めてだ。


 「一月ほど前からたまに手足の先がしびれると仰っていたそうですの。一時の事で長くは続かなかったために叔父様もそれほど気にはなさらなかったそうなんですの。それがだんだんと頻繁になり、指先、つま先が黒ずんできたのが半月ほど前。黒ずみは徐々に範囲を広げて、今では肘・膝までが染まっているそうですの。一週間ほど前からは高熱も出て、起き上がることも出来なくなって……。宮廷で作られている万能薬も、ホリィの汎用薬もポーションも効かなくて……」

 僅かに逡巡した後に、リズ様は私の眼をまっすぐに見つめて言った。


 「ホリィ、私の叔父様を助けてください」

 「勿論です!治せると断言はできませんが、私に出来る事なら全力で…」

 「ちょっと待て、リズ、ホリィ」

 厳しい声音で割って入ったエドさんが、リズ様を睨む。


 「ホリィが了承する前に言わなきゃならねーことがあんだろうよ。それとも何か、言質を取ってからバラす気だったのか、リズ」

 「エディ……」

 「リズ様、僭越ながら私もエドと同意見です」


 ん?エドさんもサジさんもどうした?


 「無理強いする気は無くてよ」

 「はぁ!?病人が誰かも言わずに引き受けさせようとしてたじゃねーか」

 「え?誰かって、リズ様の叔父様ですよね?」

 「その叔父様っつーのが国王陛下でも同じこと言うか?」

 「言いますよ?だってリズ様の叔父様……え?は?国王陛下?」


 リズ様が高位貴族だという事は知ってはいても実感は無かった。私にとってリズ様はアズーロ商会の副会頭だからだ。旦那様ラブで商売熱心で、圧が強いけど優しいリズ様だ。

 でも、そうか。国王陛下――っていうのは置いておいて、高位貴族である可能性をチラリとも思い浮かべることが出来なかった私があんぽんたんだ。


 「リズの母君は降嫁された王姉殿下だ」


 ほ……ほう。日本人だった私には漠然としかイメージできないけど、リズ様のご実家は高位貴族の中でもひときわ偉いんじゃないんだろうか?王姉殿下の輿入れ先だもんねぇ。


 「リズ様……」

 「ごめんなさい、ホリィ、黙っているつもりじゃ……」

 「そんなすごいお家の令嬢だったのに、よく、旦那様と結婚できましたねぇ。ご家族の反対とか無かったんです?」

 「え?」


 いやー、リズ様の実行力があったとしても、16~7歳の国でもトップクラスに家格の高い家のお嬢様が、豪商とはいえ市井の商人に嫁ぐなんて、そりゃもう騒動の匂いしかしないよ。ただし、それを超えた大ロマンスの香りが勝つけども!


 「ホリィ……いまの問題はそこじゃない」

 「あ、そうでした!すみません。叔父様の病気の件でした」

 「……そこでもない」

 エドさんが疲れたように右手で額を覆ってため息をついた。珍しく立腹していたサジさんは肩を落として天井を見上げている。


 「あー、えーと、そうですね、私に出来る事なら全力でと大きなことを言いましたけど、治せる自信がある訳じゃないんです。そういう症状の病気は初めて聞きましたし、勿論、治療したことも無いです。ただ、原因不明との事でしたので私の【鑑定眼】でせめて原因だけでも判明できたらいいなぁ……と思いましたが、これも、出来るかどうか確実じゃなくて」


 意気込んで話し始めたけど、言い募る間に自信が無い自分に気付いてどんどん声が小さくなっていってしまった。


 そうだよ、リズ様の為に出来ることをしたいと思ったけど、原因不明の奇病なんて私の手でどうにかなるとも思えない。リズ様はそれこそ溺れる者は藁にも縋る、そんな思いだろう。残念ながら、私は本当にただの藁で何の役にも立たないかもしれない。

 わらしべ長者の藁なら役に立つのに!あ、いや、溺れている人と藁を持って物々交換とはなんの関係も無いか。

 それに最初はわらしべに虻を結ぶんだよね。私、虻を捕まえる自信ないけどどうしよう?


 どんどん思考がとっちらかっていく。わらしべも虻も関係ないよ、多分。


 「いったん落ち着け、ホリィ」

 「お、落ち着いてます」

 「落ち着いてないわよ、ホリィちゃん。話はもっと根本的なところにあるの」

 エドさんとサジさんが言うも、根本的なところの意味が分からない。

 そうか!リズ様の後押しがあっても氏素性不明の小娘が陛下のご前にまかり越す事態が難しいか。起き上がる事すら厳しいとなると、城外に出ることも無い。よって、遠目で鑑定することも不可能だろう。


 リズ様はただ、縋るような目で私を見ているだけだった。


 「この件にお前が関わると、お前の目標である”平和に街の片隅でひっそりと生きていく一般人”は不可能になる」

 「はい?」

 「国王陛下の治療を、もし成功させたとして……ホリィちゃんなら、成功させそうな気がするのよね、なんとなく。で、陛下が快癒されたら、その治療をしたのは誰だって話になるでしょう?」

 「そうですねぇ」

 「王家はお前を抱え込む」

 「なるほど。大丈夫、問題ないです!」

 「なるほど……って、分かってるの、ホリィちゃん?」


 そうか、二人は私の望みを知っているから、私の為にリズ様に抗弁してくれたんだ。リズ様も私の気持ちを知っているから、こんなに申し訳なさそうな表情なんだ。

 あー、もう、いい人たちに囲まれてるなぁ、私。


 「エドさん、サジさん、ありがとう。リズ様、大丈夫ですよ?私にどこまでできるか分かりませんが、国王陛下の治療を試させてください」


 「ホリィ!」


 「エドさん、ありがと。私はリズ様が好きだから、リズ様の好きな人の為に力を使う事は躊躇わないよ。エドさんやサジさんの大切な人の為にも同じことをするよ。面倒くさいことになったら、バックレてよその国に行くと思うけど、今、この時点でリズ様の為に出来ることを私はするよ」


 「ごめんなさい。ありがとう……ホリィ」


 ノープロブレム!私は私の好きな人の為なら主義主張をちょこっと曲げるくらいなんでも無い。もちろん、本当に囲い込まれそうになったら、国外への逃亡は実行する。タマコに乗ってびゅーんとね。


 でもねっ、やる気はあるけど出来るかどうかは分からないよ!?そこのところは承知しておいてほしい、切実に!!




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2020/08/22 短編の異世界恋愛もの「スライムの恩返し」を投稿しました 宜しかったらこちらも是非
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