第85話 好きに理由なんてない
「それでどうなったの?」
シオンさんの辞去後、サジさんが淹れてくれたお茶で疲れを癒やしてます。
「どうもこうも、好きだと言われたから、私は好きじゃないですって言いました」
本当に、シオンさんは私を好いていたようだ。周りの目が節穴だとばかり思っていた。私の方が節穴だったわけだが。あ、いや、岡目八目ってやつかも?
「そうしたら、シオンさん驚いたんですよ。何で驚くの!?ってこっちがビックリしました。自分が好かれていないなんて思ってもいなかったみたいです」
「ふふっ。本当にお子様だったのねぇ」
呆然としてトボトボと帰る姿は、とても不思議だった。私は、自分が人付き合いをする機会がなかった為に機微に疎い方だと言う自覚があるけど、その私から見ても彼の空気の読めなさは異常だと思う。あれか?よっぽど可愛がられて何でも与えられて、自分の意思が通らない事などなかったお坊ちゃまか?
「ま、当たらずとも遠からずだな」
エドさんが苦笑気味に言う。
「シオンの実家の魔獣斡旋所は3代続く大店で、まあ、そこそこ裕福な家だ。年の離れた末っ子で、両親と双方の祖父母と兄と姉たちから可愛がられて育ったらしい。従業員たちからも坊ちゃん坊ちゃんと甘やかされて、従魔師の適性が無かったことが初めての挫折だな。自分の欲求が通らなかったことがそれまで無かったらしいから」
「エドさん、エドさん」
「ん?」
「シオンさんの事を調べてくれたんです?」
小耳に挟んだにしては詳しすぎる。
「リズ様にも話を通してくれましたよね?」
こちらが説明しなくてもリズ様は状況を知っていた。
「あー、ま、お前が嫌がってたし、ちょっと援護くらいはな」
そっぽを向いて言うエドさんは、やっぱりオカン(だかオトン)だ。過保護だなぁと、つい、ニマニマしてしまう。
「ありがとうございます」
「いいよ、礼なんか。で、だ。従魔師になれなくて拗ねて僻んで従魔師の兄貴に八つ当たりして、親もさすがにこのまま家に置いておくのは良くないと家を出されたのが2年前。御者になるための資格を取って、アズーロ商会に来たのは半年前。まだ新参っつーことだ」
その割に偉そうだったし、リーダーのベルちゃんの引く馬車を御していたけど。
「群れのリーダーは賢いからな。何台も連ねるときは、魔獣の賢さと御者の腕を足して平均になるように組ませるんだとよ」
なるほど。ベルちゃんがトップの賢さを持っているという事は、シオンさんはドベだと、そういうことか。
「その仕組みを知らねーから偉そうだったんだろ、多分」
「あー、自分に実力があるから魔獣のリーダーを任されていると思ったのね」
サジさんがうんうんと頷く。勘違いしているのだとしたら、事実を知った時の彼の衝撃はいかばかりか。――私には関係ないけど。
「商会に来てからの半年は、とりあえず及第点だったらしい。謙虚さとは程遠いが、魔獣の世話は厭わず――というより嬉々としてやるし御者の腕も酷くはねぇとか」
「リズ様がシオンさんに渉外は任せられないって言ってましたけど、魔獣の世話が大好きなら問題なしですね」
「そうね、ここに来たのはホリィちゃんに会いたいからだけで、外向きの仕事に興味は無いでしょうし」
「そこが分からないんですよ!」
両拳でテーブルを叩いて私は力説する。
「初めましての時から喧嘩腰で、その後だって決して友好的とは言い難かったのに、どこをどうしたら好きになんてなるんです?タマコならわかりますよ?可愛いし、格好いいし、お利口だし、空まで飛べちゃうんですから、魔獣好きじゃなくても好きになっちゃうでしょうけど」
「いや、魔獣好きじゃなかったらどうだろーな……」
「好きになりますよ!そう、タマコだったら分かるんです。でも、私とシオンさんの間に好きになる要素なんて見当たらないじゃないですか!」
分からん。本当に分からん。私の何処を見て好きになったと言うのだろう。
「ホリィちゃん、分かってないわ!恋は理屈や条件じゃないの!理由なんて要らないの、気が付いたら好きになっているものなの!どこが好きだとか切っ掛けだとか、そんなものは後付けでしかないわ!」
「えー―――分かんない」
「俺も分かんなーい」
エドさんが私に同調してくれた。これはやはり、年齢=彼女いない歴に間違いなさそうだ。
「もう、二人ともっ。……いいわ、自分で体験してみるまで分からないのは仕方ないもの。その時を楽しみに待っていらっしゃいな」
そんな時が来るのかな?来るといいな。……エドさんにも来るといいね、祈っておくよ。
お互いにそういう相手に出会わなかったら、ジー様バー様になっても友達兼親子の関係でのんびりと一緒に過ごしているかも。
そのためには稼がねば!
老後の安泰は資金力と密接な関わりがある。
金儲け一直線になるこの思考で、運命の相手と恋に落ちることが出来るのかどうかがとても不安だ……。
その後、シオンさんは我が家に来ることは無かった。
私もさすがにバイコーンたちに会いに行きにくくなった事だけが残念だ。




