第84話 好きの表し方
シオンさんが私に好意を抱いているかどうかは置いておいて。
あれから何度もお仕事でやって来るようになったことがウザい。来るたびに「思い上がるな」「自分では何もできないくせに」「生意気だ」などと暴言を吐いていく彼は、何の意図があって私に突っかかって来るんだろう。
表向きの私の役目は薬師様とアズーロ商会との仲介役だ。「自分では何もできないくせに」というのは、従魔師の事だけでなくそちらも含んでいるのだろう。自分で薬を作るわけでもないくせに、飛ぶのは従魔の力なのに、そう言いたいんだろう。
そこまで嫌われることをしましたかね?私の存在そのものが彼の自尊心を傷つけているのだとしても、そんなの私の咎じゃない。
一度目にやってきた時はつい煽って嫌味な事を言ったけれど、二度目以降はスルーを徹底している。構って喜ばれるのもご免だし。
『ムカつくのよー』
「にゃーっ」
私は知らんぷりをしているが、ヨルとタマコはご立腹。エドさんとサジさんは自分たちの推測通り――シオンさんが私に好意を持っていて、あの言動はいわゆる好きな子への意地悪だと認識しているので、口を挟まずニヤニヤしているだけだ。
エドさん、オトンにしてもオカンにしても娘に意地悪する男を放っておいてもいいの!?そう溢すと
「ふふふっ。そりゃ、ホリィちゃんが好意を持ったなら、こんな態度じゃなかったと思うわよ?」
「当たり前だ。あいつは、どんどんホリィに嫌われているのに、俺が何か言う必要あるか?」
おお……う。エドさんってば、ホント私の親のつもりですか。
「ホリィちゃんがどうしても嫌だったら、リズ様に直談判もありよ?ここに来るのはシオン君の本来のお仕事じゃないでしょうし」
「ううーん。私の個人的な感情でアズーロ商会のお仕事の割り振りに口をはさんでいいもんでしょうか?」
「それ、先にやったのはシオンの方だろうからな」
「実際、鬱陶しいだけで私に実害はないんですけど、ヨルとタマコがイライラしちゃってるのでどうにか出来るのならしたいなぁ」
鬱陶しいも実害と言えば実害だけど。
「リズ様はシオン君とホリィちゃんだったら、絶対にホリィちゃんを取るわ」
「それはそれで、またシオンさんが文句を付けそうですよね。自分では何もできないくせに、虎の威を借りてとか言いそう」
「虎の威を借りる事すらできないくせにって言ってやれば?」
「構うとかえって面倒くさそうなんで放置一択で。そうですね、リズ様にお願いしてみようかな」
私だけならいいけど、ヨルとタマコが可哀想だもん。
後日、リズ様にシオンさんを寄越さないでほしいと言ったら快諾してくれた。おそらく、エドさんからも話も行っているんだろう事に、詳しい話を聞かれることも無かった。
「シオンったら駄目ですわねぇ。アズーロ商会の看板を背負って重要人物との取引に関わる仕事を何だと思っているのかしら。窓口のホリィがどれだけこの取引に影響を与えるかすら考えたこともないのでしたら、渉外に関わる事は任せられませんわ」
「あー、多分、私のことが嫌いなだけで、他ではちゃんとやるんじゃないですかね?」
シオンさんがどうなっても構わないけど、私のお願いで彼の立場が悪くなるとしたら後味が悪いので、一応フォローする。
「好きな相手でも嫌いな相手でも同じように対応できるのでなければ使えませんわ」
一刀両断だけど、リズ様の言っていることが正しいので私は黙る。商会の人事に関して私が口を挟むことではないし、ヨルとタマコの精神的安定を考えたらシオンさんの事などどうでもいい。
「自分から志願してホリィの家に行くことにしたというのに、シオンは何を考えているのかしら」
「シオンさんが自分から言ったんですか?それ、タマコの件だと思うんです。前にお話ししたように、アイトワラスの姿とドラゴンの姿を見ちゃいましたから、魔獣に思い入れのあるシオンさんはあの子に近づきたいんですよ」
「……伝わっておりませんのね」
「はい?」
「シオンが気になっているのはホリィでしてよ?」
リズ様までそんなことを言うのかー。
「エドさんとサジさんもそう言っていましたけど、シオンさんのあの態度の何処にそんな要素があります?嫌われているどころか憎まれているんじゃないかと思う位なんですけど」
本当の本当に”好きな子に意地悪”だとしたら、シオンさんの中身は5歳児か!
「万が一にもそれが本当なら、此方の気持ちは鬱陶しいから嫌いに格上げですね」
「そうですわね。そんな子ども染みた行動で好きになってもらえる訳はございませんわ。その点、うちの旦那様は……」
シオンさんの出入り禁止をお願いに行って、リズ様の惚気をたっぷりいただきました。お腹いっぱい胸いっぱい。ご馳走様でした!
◇◇◇
「な?リズだって同意見だろ?」
「なーんか納得いかないんですよねー」
いい印象が全くないからなー。好きな相手には好かれたいと思うでしょうに、なんだって罵倒の雨あられなんだか分からん。アズーロ商会のローマンさんのように好き好きオーラ出してアピールする方が真っ当だと思う。
だからって、ローマンさんを好ましいと思っているかというと違う。鬱陶しくもないし嫌いでもないけど、特に好きでもない。
この世界に根付いてきてはいるけれど、正直、惚れたはれたを考えられるほどの余裕はない。
「余裕なんてなくたって、落ちてしまうのが恋よ!」
お、サジさんが珍しく熱いぞ。
「それは、サジさんご本人の経験からです?」
リズ様の惚気に続いて、サジさんの恋バナかなー。わくわく。あ、でも、旦那様とらぶらぶのリズ様と違って、サジさんはアラサーの独り身だ。聞いていいもんかな?
「ふふっ。最終的には道を違えることになったとしても、それでもやっぱり恋は素敵よ」
「振り返ってみてそういう事が言える恋ならしてみたいですけど、気持ちばっかりは自分の思うようにはなりませんもん。――で、サジさんのお相手は男性です?もしかして女性です?」
「もしかしてって何よ。可愛い女の子に決まってるでしょう、ホリィちゃんったら、もう」
そんな他愛もない会話を楽しんでいるとき、玄関のノッカーの音が響いた。
今日は来客の予定は無かったと思うけど――と思いながら玄関に行くと、そこにはシオンさんの姿があった。
何しに来たんだ、この人。
「副会頭から、この家に来る仕事を俺に回すことは出来ないと言われた。アンタからの要望だと聞いた」
挨拶も無しに恨み言かい、私も挨拶していないけど。
「理由を聞かせてもらいたい」
「はぁ!?」
聞かなきゃ分かんないかい?
「あのですね、顔を合わせるたびに罵詈雑言の嵐をぶつけてくる人と、仕事とはいえ会いたくないと思うのはそんなにおかしなことですか?何故、私があなたを避けたいのか、本当にわかりませんか?」
「罵詈雑言の嵐……」
「違います?仕事に来ている筈なのに、毎回毎回”いい気になるな”とか”自分じゃなにも出来ないくせに”とか”お前みたいな貧相な小娘”とか罵倒してくる相手に会いたいと思えるんだったら特殊な性癖の人だけだと思いますよ?」
本当に分かってなかったのか、シオンさんは眉根を寄せて俯いてしまった。
「そんなつもりじゃなくて……」
「いや、どういうつもりでもいいです。どうでもいいです。お仕事でなかったら顔を合わせたい相手じゃないどころか、お仕事でも逃れたいと思う位に面倒くさいんです」
「でも、お前は何も言わなかったし」
「何も言わない相手なら腐していいんですか?」
「そうじゃないけど」
「あのですね、何しに来たんですか?タマコには会わせませんよ。あの子、あなたの態度に怒ってますから」
「あ、いや、アイトワラスに会いに来たわけじゃなくてアンタに会いたいと思って、それで」
おーい。周りが言っていたことが正しかったの?この人、こんな態度で私のことが好きなの?




