第80話 新しいお家
「どうしましたの?」
リズ様の”うちの子のお嫁においで”発言に吃驚して固まってしまった私に、リズ様が心配そうに声を掛けてくれる。
「すみません。ちょっとビックリしちゃって。リズ様、お子さんがいらしたんですね」
三十半ばと聞いていたけど、若々しいし旦那様にも会った事が無いしで、まさかお母さん業も営んでいるとは思わなかった。
「ええ、17歳の息子と15歳の娘、14歳の息子がおりますわ。三人とも今は学校の寮に入っておりますから、まだ紹介は出来ておりませんでしたわね」
おお、結構大きいお子さんたちだ。結婚とか言い出すんだから、そりゃまぁ、ある程度の年はいってると思ったけど。
「リズ様、17歳のお子さんがいらっしゃるようには見えません」
そもそも子持ちに見えてなかったし。30代半ばっていうことは、結婚自体が早かったんだろうなぁ。今の私と同じくらいの年で、惚れこんだ旦那様の押しかけ女房になった感じだろうか。さすがリズ様だ。――なにが流石なのかはよくわからないけど。
「そう?」
「若作りだからな」
「エドさんちがーう。リズ様は若々しいんだよ!」
若作りと若々しいとでは雲泥の差だよ、女心が分からない奴め。
「ホリィはいい子ねぇ。やっぱりうちにお嫁にいらっしゃい。長男のブライは夫に似てとても優しい子なの。親が言うのもなんですけれど、見た目もまぁ宜しい方でしてよ。魔力持ちではありませんけれど、成績は優秀ですし剣も嗜んでおりますわ。次男のリアードは魔力持ちで――」
「おい、リズ。遣り手婆ぁみてぇなのたまいじゃねーか。ホリィはまだガキだ。結婚だのなんだの早すぎる!大体、ホリィは俺の眼鏡にかなった男じゃねぇとやれねーぞ」
エドさんがオカンからオトンになった!
これは進化か?進化なのか!?結婚どころか恋人もいないエドさんがオカンになったりオトンになったりしているのは、彼にとって良い事なのか!?
「まあ!うちのブライとリアードに何か不足があると言いたいのかしら?エディは自分を顧みたほうが宜しくてよ。自力で恋人の一人も作れないようですもの。実家に頭を下げて見繕ってもらったら如何かしらね」
「はぁ!?ブライやリアードはともかく、リズのような業突張りの義母を持つなんて不幸に決まってんじゃねーか。俺はホリィにそんな災難を背負わすつもりはねぇ!」
リズ様とエドさんとの非難の応酬は止むことを知らないようだ。
◇◇◇
「では、そろそろ家を見に行きましょうか」
リズ様がそう言ったのは、私とサジさんがそれぞれお茶を二杯ほど飲み終わった時だった。二人の侃々諤々のお話し合いは、それだけ長引いたのだ。
私は今のところ結婚の予定も願望も全くないのに、オトンになったエドさんも息子と結婚するよう言うリズ様も、それはちっとも問題にしないのは何故だ。実は二人とも、こういうコミュニケーションが好きなだけで、私の結婚なんてどうでもいいんでしょ?
私は私でサジさんと和やかにお茶していたからいいけどね。お茶も、供された焼き菓子も美味しかったし。
リズ様が自ら案内してくれたお家はやはりお屋敷と言えるものだった。
この国では珍しい煉瓦作りの壁に蔦が絡まり、どれだけ無人だったのかは知らないがエントランスへ続く道の両端は美しく咲き誇る花々、奥にみずみずしい緑の木々も見える。先ずは家の周囲をと一回りさせてもらったが、日当たりの良い裏庭には家庭菜園と言うには規模の大きい畑があった。前の住人がここで薬草やハーブ、花や野菜を育てていたのだとリズ様が説明してくれた。
私にも育てられるかなー。第四界で育たなかったのはナートゥーラの力のせい、だからきっと育てられると思いたい。オルダでも育てられなかったら、私は根本的に緑の指とは縁遠い人間なんだと諦めるしかない。
玄関を入ってすぐの広間は何に使うんだろう?お客様なら応接室に通すなり自室に招くなりするんだろうに。庶民にはよくわからない。そう疑問を呈するとエドさんが答えてくれた。
「使用人が一同に並んで、主人を見送ったり迎えたりするな」
「はい!?」
使用人?それも一同!?――やっぱりお貴族様のお屋敷じゃないですか、リズ様!
「使用人も付けましょうか?」
何でもない事のように言うリズ様に、慌てて私は首を横に振る。それは無理。私が使用人になって働くならともかく、使う側の人間になんて一生なれない。
一階も二階も案内してもらったけれど、部屋がいちいち広い。浴室が豪華すぎる。ユニットバスで育った私としては、足を伸ばせて湯船につかるどころか、何人入れるんですか? って感想を持つ広い湯舟は豪華旅館にしかないものだ。
部屋に付いている家具がお高そう。部屋ごとにテーマカラーがあって、統一感のある美しい家具は傷でも付けたらと思うと使っていいものか不安だ。
ドアも窓もエドさん基準で見たって大きすぎる。
――自室が六畳だった日本人である私が、ここでリラックスできるとは到底思えない。
そう訴えてもリズ様はどこ吹く風だ。
「大丈夫、すぐに慣れましてよ?私も、アズーロ商会に嫁入りした際に同じことを思いましたけど、今ではあの場所が一番落ち着く我が家ですもの」
そりゃね、リズ様は愛しのダーリンと一緒なら何処でだっていいんでしょうとも。
私の抗議は、押しの強いリズ様の前では蟷螂の斧の如しでした。
その後も、賃料は不要だが魔道具に使われている魔石の交換は自身で行う事、庭や畑は自由にして良い事、内装や家具の変更をするなら声を掛けてからにして欲しい事等々の注意事項をリズ様から伝えられ、結局、私たち三人とヨルとタマコはここに引っ越すことが決定したのだった。
「リズ様が決めた時点で抗っても無駄なのよ」
サジさんがボソッと言った言葉に、私は深く頷いた。
何はともあれ、王都に下ろした根っこはどんどん地面の下で広がっていっているようだ。




