第79話 リズ様お帰りなさい からの爆弾発言
リズ様が王都に戻ってきたのは、私たちが戻ってから一月半も後のことだった。
「あの兄妹を唆した貴族への処分とサンストーン国からの賠償問題で少々お時間がかかりましたの。ですが、問題は全て片が付きましたわ。ホリィが聞きたいのでしたら詳しくお話いたしますけど?」
アズーロ商会へ薬を卸しに行ったとき、帰国した翌日のリズ様にお目にかかってそのままお茶をご一緒させてもらっている。
「いえ、結構です。リズ様が解決してくださったならそれで」
うん、貴族がどうとか賠償がどうとかは私は知らないままで結構です。
「あ、でも、あの兄妹のお父さんがどうなったかは分かりますか?」
「ふふっ。ホリィのお薬ですもの。心配することなくてよ?快癒していることは確認してまいりましたから。あなたが気にすると思いましたので」
「さすがリズ様!ありがとうございます」
良かったー。安心してリズ様のお付きの方が淹れてくれたお茶を口にする。日本ではティーバッグ専門で紅茶に詳しくは無いけれど、香りが高くて美味しい。さすがにリズ様が口にされるお茶だ。
「ふふふっ。私も帰ってまいりましたし、汎用薬の次はヒール・ポーションですわね?」
「はい?」
「あら、忘れてしまいましたの?バイコーンのベルの治療をしたお薬ですわ。検証するお約束でしたでしょう」
忘れていました。そう言われれば、サンストーンへ行く道中でそんなお話をしたような……。王都に戻るまでにリズ様が忘れてくれるといいなぁなんて思っていたけど、忘れたのは私の方でした。
「リズ様、私が心配するのも烏滸がましいのですけど」
かねてからの懸念を、これを機会にリズ様に訴えよう。
「汎用薬もそうなのですけど、私にしか作れない薬で商売するのって将来的に問題ないんでしょうか?」
これは、天魔熱用の薬を作った時にも考えていた事だ。私にしか作れない薬で治ったとして、将来的に私が薬を作らなくなった、作れなくなった、死んだときはどうするのか?
その時は、自分はこの世界でただ生きていればいいだけ、世界を発展させる義務などないのだからと納得したのだけど、リズ様の商売に関わることもそれで済ませていいんだろうか。
「誰かが作れるものならば、他のものにでも作れるようになりますわ。もしかしたら、もう既にどこかにあるかもしれませんことよ?薬に限らず魔道具などでもそうなのですけれど、新しいものが生まれるときは何故かあちらこちらで同時期に生まれる事が多々あるものですの」
そういうもの?あー、あっちの世界での電話の発明が確かそんな話だった気がする。ベルさんと誰とかさんがほぼ同時に特許の申請をして、鼻の差でベルさんが勝ち取ったとか。
でも、移住民である私もそこに加えられるもんかな?リズ様がいいならいいか。
「分かりました。でも、また、瓶詰めはお願いできます?」
数十本くらいなら自分でするけど、リズ様はきっとそれじゃ満足しない。
「ええ、勿論よ。でも、それだと宿では都合が悪いわね」
「ですよねー。アズーロ商会の荷馬車が宿に大瓶を届けたり引き取ったりって変ですよねぇ」
「サンストーンで使ったような家がいいわよね。こちらで探してみるわ」
「よろしくお願いします」
いい物件があったら、宿屋暮らしは卒業かなー。エドさんとサジさんは付いてきてくれるだろうか。今までは宿屋だったからいいようなものの、一軒家で男性二人と一緒に暮らすのは世間体が悪いかも。エドさんとサジさんの評判に関わるよなぁ。
生まれて初めての一人暮らし始めちゃいますか。リズ様に任せておけばいいお家を見つけてくれるだろう。
◇◇◇
リズ様は迅速な方だ。電光石火、即断即決。
お話ししたのは帰国直後でお疲れだっただろうし、留守の間に溜まった仕事もあっただろう。サンストーンでの商売の残務処理だってあったに違いない。
なのに、お家を探すと言ってくれた4日後にはもう手頃な家が見つかったと連絡をくれたのだ。
そして、リズ様もエドさんもサジさんも、ついでにヨルとタマコも私の一人暮らしなど毛頭考えていない事が分かった。
「中々瀟洒な二階屋ですの。一階にエディのお部屋とサジのお部屋、それと台所と食堂と応接室、客間ですわ。二階にホリィのお部屋と調合室、あとは素材や完成品を置くための倉庫ですわね。浴室と手洗い所はそれぞれお部屋についてましてよ」
それって……お家って言うよりお屋敷レベルなんじゃないの?分不相応――!!
各部屋にお風呂が付いているとか、日本人の感覚では庶民が住んでいい所じゃない。いま暮らしている宿にだってそんな部屋は無い。リズ様の金銭感覚はやはりお貴族様なんだろうか。
「リズ様、そんな立派なお家に住むのは身の丈に合ってないので……お家賃だって払えないですよ」
アズーロ商会が良くしてくれているので収入はそれなりにあるけれど、さすがに15の小娘がそんなお屋敷に住めるほどのお金は持ってないです。
「大丈夫ですわ。私の実家が以前使っていた建屋をアズーロ商会で買い取ったものですから、お家賃などは不要でしてよ」
お屋敷!!貴族様のお屋敷!
「ふふふ、ホリィが心配するような物件ではありません。実家で契約していた魔道具士に与えていたものですの。その魔道具士は貴族ではございませんでしたし、引退して息子夫婦の暮らす他領へ移住してしまいまして、ちょうど空いていたのですわ」
「でもっ、アズーロ商会が買い取ったものなんですよね!?タダで住まわせてもらう訳にもいきませんよ」
「リズ、ホリィを囲い込もうとしてんじゃねーだろうな?」
主に金銭面でアタフタしている私と違って、エドさんはリズ様の思惑が気になった模様。
「囲い込むだなんて語弊がありますわよ、エディ。ホリィは人目を気にせず力を使える場所が必要ですし、私はアズーロ商会の為にもホリィとの誼を強固なものにしたい。お互いに得する話じゃなくて?」
「例えお前が相手でも、ホリィに無理強いするようなら俺にも考えがあるからな。それは覚えておけよ?」
お……おう。エドさん、リズ様を牽制?してるの?なんで?
「まぁ、エディこそ囲い込みたい様子ですわね。それは私が容認できませんわ」
リズ様もどうした?そう思ってサジさんを見ると、呆れたように笑っている。
「ホリィちゃんは気にしないでいいの。あの二人は、保護欲が旺盛過ぎて大事にしたい子をそれこそ親鳥のように守りたい手合いなのね。今はホリィちゃんの保護者の座を争っているみたい。似ているわよね、あの二人」
「エドさんは常々オカンのようだと思っていましたけど、リズ様もですかー」
私は一応成人済みなんだけどね?
やっぱりこの子供の様な見た目が悪いのか。これから身体的な成長は望めるんだろうか。顔は同年代の平均(ただし、超美少女)の筈なんだけど、どうしてこうも子供に見られるのか。せめてあと10cmでも背が高ければ良かった。
エドさんとリズ様の舌戦が激しくなっていくのは止めようがないのでそちらは無視。私はサジさんとお茶を飲みながらお喋りに興じていたら
「ホリィ!こんな口煩い男は棄てて、私の息子の所に嫁いでらっしゃい!」
リズ様がとんでもないことを言い出した。
リズ様、お子さんがいらっしゃったんですねぇ……。




