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第77話 タマコは走りたかった……筈なのに

 「触らせてもらえない……」

 3日目の馬車の中で、私はエドさんとサジさんに愚痴を言う。もう、明日には王都に着いてしまうのに、私はいまだベルちゃんたちと触れ合えていないのだ。


 シオンさんにバイコーンたちといつなら触れ合ってもよいかを聞いたところ

 「大丈夫な時にこちらから言う」

 と言われたきりで昨日一日は梨の礫だ。寂しい。


 『ホリィにはヨルとタマコがいるのよー』

 「うん、二人とも大好きーっ」

 でもさ、ヨルはヨル、タマコはタマコで可愛いようにバイコーンはバイコーンで可愛いんだよ。あの大きな体躯と凛々しい顔立ち、格好良くて威風堂々としつつも甘えん坊なところも可愛い。


 「お前、嫌われてんなー」

 「えっ!?ベルちゃん、私のこと嫌ってます!?そんなバカな!」

 「ちげーよ。あの御者にだよ」

 「あー、ですか?私、シオンさんに嫌われてんだ。良かった、ベルちゃんたちじゃなくて」

 「良かったのかよ。あいつも気の毒に」


 気の毒かな?嫌いな相手にどう思われてたって関係ないと思うけども。


 『ホリィ、タマコが走りたいって言ってるのよー』

 「え?走るの?どこで?」

 「ん?」

 「あの、タマコが走りたがっているそうなんですけど」


 ゆったりした馬車の中だけれど、猫が走るほどのスペースは当然ない。タマコは運動不足なんだろうか?今度、猫じゃらしでも作って運動させてあげた方がいいのかも。


 私があまり出歩かない方だから、ヨルとタマコも当然そうなる。王都でも外出なんてヤミィダンジョンかアズーロ商会、そしてたまに買い物くらいだ。これはイカン。反省しよう。魔獣の生態は知らないけど、家猫と同じ扱いは良くないだろう、きっと。


 『おっきくなって、ベルたちと一緒に走るのよー』

 「大きくなってって、アイトワラスの元の姿って事?馬車が襲われているように見えないかなぁ」


 『ヨルとホリィが乗っていれば大丈夫なのよー』

 「ええ!?」


 騎獣?そりゃ、人が上に乗っていれば馬車と並走しても襲っているようには見えないと思うけど、オルダ常識的にはどうなんでしょう?分からない事は聞いてみるが良し。

 エドさんとサジさんにタマコの要望を伝えると、二人は苦笑い。


 「アイトワラスを騎獣にするなんて聞いたこともねぇ」

 「そうね、でも、ホリィちゃんですものねぇ」

 ちょっと待って。私じゃないよ、タマコとヨルが言い出したんだよ!?規格外は私じゃなくてこの子たちでしょう。


 「拙いでしょうか?」

 「いいんじゃね?昼休憩の時にでも御者に聞いてみろよ。バイコーンたちなら委縮することもねぇだろうしな」


 タマコはバイコーンたちに対抗意識を燃やしてんじゃねーの?とエドさんが言うが、そうなのかな?タマコとはパートナーであって主従じゃないけど、それでも妬くんだろうか。あまり他の魔獣を褒めないほうがいいのかな。




 「馬車と並走?その猫が?」

 シオンさんは鼻で笑ってタマコを見下した目で見る。うわー。私、この人の事を”どうでもいい”と思っていたけど”嫌い”になっちゃうかもしれない。


 「タマコはただの猫じゃなくて……」

 「ああ?飼い主馬鹿って奴かよ。従魔持ちって言ったって、トカゲ一匹だしペットを旅に連れて歩くし、従魔師って言ったって底が浅いよなぁ」

 「は?ヨルはトカゲじゃなくて……」

 「あー、いいよ、どうでも。勝手にしたらいい」

 「……ハーイ、勝手にします。タマコ、私とヨルの事を乗せてね?」

 「ハァ!?アンタ、馬車から降りて猫に乗るのかよ」

 ばっかじゃねーの、という言葉は声に出さなかっただけで唇は動いていた。こちらの話も聞かずにタマコ軽んじて侮っている。バイコーンたちに会わせてくれないのも、私を嫌っているからなんだね。私がバイコーンに懐かれたこと、従魔がいることが妬ましいとしても、その態度は問題あり過ぎじゃありませんかね?


 「馬車に置いて行かれてどうする気なんだか。言っておくけど、アンタの為に馬車を戻したりしねーからな」

 「けっこーですともっ!」


 話を聞いていたエドさんとサジさんは面白がってる?笑うのを堪えているのか顔が引きつってるよ。口添えすらしてくれなかった。二人は知ってんじゃん。タマコがアイトワラスだって。ヨル……がブラックサラマンダーだという事は言っていないけれど。だって、私も目を背けていることだからねっ。ブラックサラマンダーだとは知らなくても、ヤバいなーとか薄々感づいてるでしょ、きっと。


 頭に血が上っている自覚はあるけれど、コイツをぎゃふんと言わせたい。


 「先行しちゃったらごめんなさいね?待ち合わせは次の町でいいんでしょう?」

 「はっ。どーぞ好きにしてくださーい」


 私が薬師だという事を知らないにしても、属する商会の副会頭が私たちの事を送らせてるっていうのに何なんだろう、この態度。私が子供に見えるから、エドさんとサジさんのおまけみたいに思ってるのか。――ついつい強気で言っちゃったけど、アイトワラスって足は速いの?そもそも足があるのに蛇って言うのも不思議だよねぇ。


 「じゃ、タマコ、お願いね?」

 『先にびゅーんってしちゃうのよー』

 「にゃーあ」


 答えたタマコの輪郭が解け、空気ににじむように体躯の黒色が広がっていく。私が抱えられるくらいに小さかった猫型タマコが5メートル級の四足の蛇に変化していく姿は、お伽話の中の出来事のようだ。滲んでいた輪郭が明瞭になっていき、そこに現れたるは炎の尾を持つアイトワラス。きゃーっ、タマコってば格好いいぞー。


 「…………」


 ふっふっふっ。度肝を抜かれましたかね。シオンさんは無言のままアイトワラスの変化したタマコを見ている。得意満面の私に気付いたのか、彼は悔しそうに唇を噛んで顔を逸らした。


 にしても、質量とか体重とかってどうなってるんだろうね?魔法のある世界って、やっぱりファンタジーだ。


 「タマコ、よろしくね。ヨル、乗せて貰お?」

 『ヨルも大きくなって、ホリィを乗せたいのよー』

 「おお、可愛い事を言うじゃないの、ヨルちゃん。大きくなったらお願いねー」


 幼体から成体になるのに、どの位かかるんだろうねぇ?私が生きているうちに宜しく。


 「じゃあ、エドさん、サジさん、お先にー。ベルちゃんたち、無理しないでねー?」


 タマコにヨルと二人でよじ登る。いや、ヨルは私にくっついているだけだけど。黒曜蛇だったころのヨルよりもタマコのウロコは厚みがあって堅く、ツルツルとした手触りで気持ちいい。


 『ホリィ、タマコが走る気分じゃなくなったってー』

 「なんですと!?あんな啖呵きっちゃったのに、どーすんの」

 いや、タマコにその気が無くなったなら仕方ないけど、大きいままじゃ馬車に乗れないよ?私はどんな顔して馬車に戻ればいいのだろう。

 

 『びゅーんってするなら、走るより飛ぶ方が早いのよーって。ホリィが馬鹿にされるのが嫌なのよー。タマコは張り切ってるのー』


 なんですと!?蛇って飛ぶの!?本蛇(タマコ)がそういうなら……って、私たちを乗せたまま飛ぶの!?


 「エドさん、サジさん、タマコの気分が変わっちゃったそうです」

 「ん?走る気分じゃねーってか?」


 私たちの会話を聞いていたシオンさんがこちらを見てニヤッと笑った。どうせ、魔獣に言う事を聞かせられない従魔師だとか、やっぱり走れないんだろうとか、そんな風に考えているんだろうな。


 「はい、走る気分じゃなくなったので、飛ぶそうです」

 「はぁ!?」

 シオンさんの驚倒する声がした。


 私たちを乗せたまま、タマコは再度変化をし――ドラゴンになって飛び立った。


 アイトワラスの変化について、もう少し勉強しなくては。


 空の住人になった私は、怖いとか心地いいとかの普通の感想も出ずに、ただただアイトワラスの生態に驚愕していたのだった。



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2020/08/22 短編の異世界恋愛もの「スライムの恩返し」を投稿しました 宜しかったらこちらも是非
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