第76話 他の人を認識しないなんて駄目ですね!
サンストーン国へきて、佐伯君に会えたし聖女様が安藤さんであること、安藤さんと伊藤さんが元気であることを聞けたことは大収穫だった。汎用薬が天魔熱に効果があり、国が買い上げて民に配布するというリズ様の説得による政策も嬉しい限りだ。
うん、リズ様からお話があった時にはびっくりしたけど、この国に来てよかった。
「あ、馬車のバイコーンがベルちゃんだ!」
「ああ、バイコーンもお前もまた会いたいだろうってリズが言ってた」
「嬉しい!リズ様ありがとー!」
「良かったわね、ホリィちゃん」
アイオライト国に帰るための馬車は、アズーロ商会のものではなく貸し馬車と聞いていたので、馬車を引く魔獣が商会の契約魔獣であることに驚いた。大丈夫だと思うけど、みんなの健康状態をチェックしておこう。馬車の傍に行って、一頭一頭確認をする。うん、みんな元気だねー。
健康状態に問題は無いんだけど、ちょっと気になることが……
【鑑定】
―ベル―
バイコーン
年齢 : 9
性別 : 雌
LV : 13
HP : 19135/25350
MP : 19100/19100
状態:健康 ただし焦れ込み気味
アズール商会契約魔獣
肉食
食用可
スキル
【忠誠】【風魔法(Lv4)】【突進】【刺突】
―――――
健康に問題は無いけど”焦れ込み気味”?
「ヨル、ベルちゃんが興奮気味みたいなんだけどお話しできる?」
『お話しなくても分かるのよー。ホリィに会えてうれしいのよー』
おお、そうなのか。愛い奴め。
「私も、また会えてうれしいよー。ベルちゃん、みんな、アイオライトの王都までよろしくね」
ベルちゃんを撫で、舐められ食まれすりすりされて再会を喜び合っていると、背後から私を咎める声がした。
「出立前に興奮させないでほしいんすケド」
「あ、ごめんなさい」
だよねー。ベルちゃんたちはこれからお仕事だというのに昂らせちゃいかん。ただでさえ焦れ込み状態なんだから、落ち着かせるべきだった。
「アンタがバイコーンに触れるのは副会頭が許可するって言われてるけど、コイツ等は俺が世話してるんで許可も取らずに勝手に触らないでくれ」
「はい、スミマセンでした。また会えてうれしかったのでつい……次からはちゃんと触っていいかお伺いしてからにします」
頭を下げてバイコーンたちから離れる。リズ様が許可してくれたんだって!嬉しいねー、あとでまた遊ぼうねー。お昼休憩の時ならいいかなー?ベルちゃんたちに手を振ると嬉しそうに低くいなないた。
『あの子たち、ホリィの事すきすきねー』
「私もあの子たち好きだよー、可愛いもん」
『ヨルとタマコとベルと誰が一番好き―?』
「にゃーお」
ヨルとタマコがちょっと拗ねたようだ。
「ベルちゃんは可愛いし好きだけど、ヨルとタマコが一番に決まってるよー。大好きだよ、ヨル、タマコ」
「あら、やきもちを焼かれちゃったの?」
「そうなんですよー、サジさん。もう、全く可愛い子なんだからっ」
ヨルとタマコを撫でるとお返しだというかのようにペロペロ舐められた。あっちもこっちも愛い奴だらけで幸せ。オルダに来て本当に良かったー!
「ホリィ、お前、気を付けろよ?」
馬車に乗り込んだ途端にエドさんが言う。
「何にです?」
不法侵入兄妹を唆した貴族の件ならリズ様が采配してくれているので、その後の心配はいらないと思う。
「シオンだよ」
「シオンさん?」
誰だっけか。
「おま、覚えてねーの?お前を認めないって言ってた御者だっただろうが」
「あー、思い出しました。でも、すっかり忘れてました。そのシオンさんがどうしました?」
「お前……」
エドさんが頭を抱えている。
「さっきも牽制されただろーが。ったく」
「おお、今回の御者さんはシオンさんでしたか。あの時はリズ様の馬車の担当だったのに、いいんでしょーか」
それともベルちゃんの担当なのかな?
「リズ様はあの子がホリィちゃんに謝る機会をあげたのかもしれないわね」
「いや、謝るとかいらないんですけど……」
「”どうでもいい”んだもんな」
「ですです」
「ホリィちゃんのそういうところがねぇ……」
サジさんが深くため息をついて私をじっと見る。そういう所ってどういう所だろう?
「ホリィちゃんが自分を歯牙にもかけないから、あの子はムキになってるんじゃないかしらね?自分よりも魔獣に好かれて従魔までいて羨ましくて悔しくて。嫌味を言ってもどこ吹く風。更には自分を認識もしてなかったとなったら……ねぇ」
「駄目ですね!認識されないのがどういう事なのかを誰よりも一番よく知っている私が、他の人を認識しないなんて駄目ですね!」
「え、そこ?」
どうでもいいと思っていたけど、ちゃんと覚えておこう。あの御者さんはシオンさん。魔獣大好きでベルちゃん大好きな人。うん、もう忘れない。
「失礼な事をしちゃいましたけど、ここで謝るのはもっと失礼ですよね?」
「あん?”あなたの事をちっとも覚えていませんでした、ごめんなさい”ってか?」
エドさんが笑いだした。あー、そういう言い方すると、ほんっと失礼だよね。
「言わない方がいいと思うわ」
呆れたように言うサジさんに私はしっかり頷いた。
「従魔って言ってもトカゲちゃんなんですけど、いや、勿論、私には可愛い可愛いヨルですけどね!トカゲって(本当はブラックサラマンダーの幼体だけど)従魔として需要あるんですかね?タマコはアイトワラスだけど見た目は猫だし、この子は従魔じゃなくて契約魔獣だし」
「リズ様が仰ってたでしょう、彼の実家は魔獣斡旋所だしお兄さんは従魔師だしで、自分もそうなりたかったって。シオン君にとっては従魔師も従魔も”そうなりたかったけれどなれなかった自分”に直面させられる物なんじゃないかしらねぇ」
そう言われても、私にどうにかできる事じゃないしねぇ。
仲良くなりたいとはちっとも思っていないし、謝ってもらおうとも思わないけれど、失礼なのはイカン。気を付けよう。
乗り心地の良さは折り紙付きの馬車で揺られながら反省。
「シオンさん、ベルちゃんたちに触れてもいいですか?」
昼食休憩時、そそくさと食べ終えた私が尋ねるも、シオンさんはにべもなく首を横に振る。
「この休憩の間に異常が無いか確認して餌と水をやらなきゃいけないから」
「あ、じゃ、お手伝いします!」
「要らない」
「……」
「シオンさん、夕食前にベルちゃんたちの所へ行ってきてもいいですか?」
「これから、洗い場に連れて行って洗ってブラシかけたり蹄の様子見たりしなきゃいけないから」
「お手伝いさせてもらえません?」
「要らない」
「……」
「ホリィちゃん、シオン君と仲良くなりたいの?」
宿の夕食を食べていたらサジさんに聞かれた。
「いえ、別に?」
「随分と話しかけていたみたいだったからそう思ったんだけど」
首をかしげるサジさんに説明する。
「シオンさんと仲良くとかそういう意図は全くないです。でも、ベルちゃんたちに会いに行くにはシオンさんの許可が必要なんですよー。リズ様の了承は出ているらしいんですけど、面倒を見ているのはシオンさんなので。あー、何時ならいいのか聞けばいいのかな?」
「お前、ほんっとバイコーンたちのこと好きだなー。またヨル達に妬かれんぞ?」
大丈夫。ベルちゃんたちは可愛いけど、ヨルとタマコはもっともっと大好きだってちゃんと伝えてるから!
明日はベルちゃんたちと触れ合う許可を貰えるといいなー。




