第75話 病終息の為に
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「ここに薬があると聞いたんだ」
お兄ちゃんが話し出した。
「親父が天魔熱にかかって、かなり……酷いんだ。薬を買おうにも、出せる値段じゃねえし……思い余って……」
目を赤くして、それでも涙をこぼすことなく私を見るお兄ちゃんは、妹ちゃんを後ろ手に庇って言う。
「俺が言い出したことで、俺がやった事だ。妹は見逃してくれないだろうか」
やっぱり素人さんでしたか。
「エドさん、汎用薬ってそんなに高いんですか?」
「まぁ、それなりにするんじゃねーか?既存の薬や薬師ギルドの既得権益との兼ね合いもある」
うーむ。原価としては瓶の代金くらいで、なんならそれも私が複製できるからコストはほぼゼロなんだよなー。人件費とか賃料、備品や減価償却費、雑費なんかを考えたらそれなりにかかるんだろうけど、それでも私が作る薬の代金はほぼ利益と言ってもいいだろう。他所のシマを荒らすわけにはいかないからぼったくりだと思っても口を出すことは出来ない。リズ様に丸投げしておいて注文を付けられる筋合いじゃない。
「(薬をやろうだなんて思うなよ?)」
耳元でエドさんが囁く。エドさんは大きいから私の耳元まで体を屈めるのは大変だ。
「(当たり前です。リズ様にお任せしてある以上、私は手も口も出しませんし、勝手に配って足を引っ張るような真似もしませんよ)」
エドさんが目を丸くして私を見て頷いた。情に流されて渡すと思いましたかね、これは。しないよ、そんなのリズ様に対する裏切りだよ。
「ここに薬があるって噂があるんですか?」
「あ、いや、噂って訳じゃない――です」
今更だけど、口調を改めようとしているらしい。
「うちはアズーロ商会の裏手だから、最初は商会を張って、出入りする荷馬車のあとを付けたりしたんだ――ですけど、荷馬車は何台もあるし、どれも何か所も寄るしで何処から薬を仕入れているのかさっぱりわかんなくて……そうしたら、俺が不審だって兵隊さんに見咎められて、で、なんか貴族様の家に連れて行かれました。そこで事情を話させられて――ここを教えられたんだ、です」
この人が素人だという事ももちろんあるだろうけど、リズ様は薬の出所が突き止められないように対策を取ってくれてたんだ。おそらく、この家に来る前後に全く必要のない寄り道をしているんだと思う。
リズ様は今回、この薬の為だけにサンストーン国に来ているのだし、汎用薬に熱心に取り組んでいるもの。
「ここに目を付けたのが、偶然じゃなくて貴族が関わってって事ならリズの領分だな。ちょっと下に降りてサジにこの話を伝えてくれ」
「はーい。この人たちに手荒な真似はしないですよね?」
「するか、こんなトーシロ相手に」
ヨルとタマコを抱き上げ、階下に降りサジさんに事情を話す。幸いまだアズーロ商会の荷馬車は来ていなかったので、到着したらサジさんも一緒に商会へ行って、リズ様に伝えてくれるそう。
「ホリィちゃん、気の毒がってお薬を上げちゃ駄目よ?」
「しないですよー。エドさんもサジさんも私がそんな事するって何でそう思うのかなー」
「ホリィちゃん、優しいから……」
「無分別に優しくしたりしませんよ。っていうか、別に優しくもないですし。このお薬に関しては全面的にリズ様にお任せしてある以上、私が個人的に配ったりはしませんって。だって商売ですよ?可哀想とかで私が勝手に動いたらリズ様のお仕事に差し支えることは分かってます」
私の判断力に疑いをもたれているようだ。信用無いぞ、私。
「ならいいわ。ホリィちゃんは二階に上がってらっしゃい。直にアズーロ商会の人が来るだろうから」
「サジさんに伝えて来ましたよ。で、どうするんです?」
「リズに引き渡して仕舞だ」
「ですか。で、そちらのご兄妹さん」
身を寄せ合ってこちらを窺っていた二人に声を掛けると、肩が撥ねる程に驚かれた。
「私は噂で聞いただけですけど、聖女様に頼れなかったんです?」
「聖女様に治してもらいたい奴は五万といるし、貴族様が優先で次が騎士様で、平民はよっぽど金が無いと診てもらえないって――天魔熱がもしも聖女様に移ったらいけないからって教会で言われて……」
「あれ?天魔熱も治してるって聞いたのに」
「最初の頃はそうだったけど」
お兄ちゃんは悔しそうに唇を噛んだ。
あらら。安藤さんは教会にしっかり囲い込まれちゃったのか。大変だなー。日本人の感覚からして、身分がどうとか金を積んでとかでの差別は不本意だろうに。
陰ながら応援することしかできないけど頑張って、安藤さん。
「リズ様をお連れしたわよ」
玄関のドアベルが鳴り、サジさんの声が階下から届いた。
リズ様の名前を知っているのか兄妹が体を震わせ、互いを庇うように体を密着させている。私には押しは強くとも優しい優しいリズ様だけど、サンストーンの王宮での説得と言う名の脅迫の話を聞いた後だし、この兄妹にどう出るのかは少し心配だ。
二人を一階の食堂に案内して、席に着かせる。リズ様が上座?入口から遠い方のお誕生日席で対面に兄妹、私はリズ様の斜め前で隣にサジさん、向かいにエドさんが座った。
私からこの二人が薬欲しさに忍び込んだこと、病気のお父さんがいること、貴族からこの場所に薬師がいると聞かされ唆されたことを説明した。兄妹はリズ様の方を見られずにじっと下を向いている。
「薬が高くて手が出せなかったと言うのね?まぁ、おかしい事。あなたたちの耳にはまだ届いていないかもしれないけれど、天魔熱の流行を終息させるために罹患者には無償で国から配布されることになっておりますの。貴族なら知らない筈はございませんわ」
「え?無償でですか?」
わお、ビックリだ。
「そ、それなら親父は助かりますか――?」
「ええ、勿論ですわ。薬の効果は保証いたします。国としてもこのまま感染が広がるくらいなら国庫を開いて薬を入手して配布すべきと判断させ――いえ、判断したのです」
おーい、リズ様ー。王宮でどんな説得したんですかー?
「隣国である我が国アイオライトに余波が来るまでに終息させるべきですものね。アズーロ商会はそのお手伝いをさせていただきますの」
「この国にとったって、一時的に金を捻出した方が長い目で見りゃ得だってことくらい分かってるだろーしな」
なるほど。リズ様はサンストーン国に薬と一緒に恩も売りつけた訳か。更にアイオライト国に病が広まる前に終息させるために、無償配布を確約させたと。罹患者個人相手や医師相手じゃなく、国との取引にし、配布を任せることで手間は激減し、商会の名は上がった。凄いなー、一石何鳥を狙うんでしょ、リズ様は。
ああ、それで汎用薬の大量制作依頼だったのか。売り先は国だし天魔熱終息の為にはいくらあってもいいと、そういうことか。
リズ様に説明された兄妹は私たちに何度も何度も頭を下げる。特にお兄ちゃんの方は罪は自分一人で償うからと、必死になって妹ちゃんを庇っていた。
不法侵入ですけども、実害はなかったし身の危険も感じなかったしで、出来れば穏便に済ませてもらえるとありがたいなぁ……とリズ様の方を見ると、にっこり笑って頷いてくれた。
「あなた方を唆した貴族について洗い浚いお話ししてくだされば、今回のみ不問にしてさしあげましてよ?病が重いのであれば、国からの配布は待てないでしょうから、報酬として汎用薬を融通してあげますわ」
当然、兄妹はその話に飛びついたのである。
「ホリィ、良かったな。お前の薬でみんなが助かる。お前はよくやった」
「ほんと、ホリィちゃん偉かったわ」
リズ様を見送ったあと、エドさんとサジさんに頭を撫でられ、褒めまくられた。うふふー。嬉しいなっと。
「国が無償配布の決断をしたことを聞けたのも良かった。これで、お前を見張らずに済む」
「……はい?」
見張るって何!?
「汎用薬をあの兄妹に渡すことはしなかっただろうが、お前、あの兄妹の父親を治しに行くつもりだっただろう?」
あ…あれ?ナデナデの手に力が加わってきてません?
「あら、そうだったの?薬を勝手に渡さないって聞いたときは感心したんだけど?」
サジさんも力加減が変わってきましたよー。それもう、ナデナデじゃないと思う。
「アズーロ商会の裏に家があるって聞いたとき、コイツの顔にはっきりと”家が分かれば治しに行ける”って書いてあったように見えてなー」
「気のせいじゃないですかね?」
「ほう?行く気は無かったか?本当に?」
「はっきり言ってごらんなさい、ホリィちゃん?」
なんでバレてるかなー。薬を渡すのは論外だけど、コッソリ治癒魔法をかけるなら問題ないと思ったのは確かだけど、まさかその気持ちを読まれているとは思わなかった。すべての人を救おうとも救えるとも思っちゃいないけど、縁があった人は助けたいと思う。
それが、通りすがりの火事現場で火傷を負った人でも、思い余って不法侵入した人の身内でも。
この後、自白するまで二人の手の力が緩むことは無かった。




