第74話 侵入者
『ホリィ、どうするのー?』
「どうしよっか」
ヨルとタマコと一緒に二階の窓から庭を見下ろすと、そこにはいかにも”こっそり探ってますよー”という態の男が二人。
エドさんが余計なフラグを立てるからこんな事に!
「まぁ、ぬらりひょんのブレスレットと、身にまとうもの全てに施した付与と、それなりにチートな能力があるからなぁ」
あまり身の危険を感じている訳ではないけど、気分のいいものではない。
「お薬が欲しかったらリズ様にお願いすればいいのに」
「薬じゃなくて規格外の薬師が欲しいんだろ」
「やっぱりそうですかー」
リズ様が脅迫してくれたというのに、エドさんの言う通り物わかりのいい人ばかりじゃないようだ。
「予定より早いけど、そろそろ撤退かしらね?」
「だろうな。帰りはリズたちとは別行動だな。あっちはまだ帰れねーだろ」
それは残念。でも、王都に戻ればまたいつでも会えるからね。
「そうね。リズ様、張り切ってらっしゃるから。ホリィちゃん、きっと帰る前に瓶の数が増えると思うわ。頑張ってね」
「それは大丈夫です。任せてください」
リズ様への恩返しの一環だし、これだけ汎用薬を作っていてもMPがMAX状態を維持してるから問題なし。使っても使っても減らないMPなんだから、こんなに高い数値は要らなかったんじゃないかな?あって困るわけで無し隠蔽もしているからそれほど気になるわけじゃないけど。
◇◇◇
「おお、10本ですかー」
庭に不法侵入者を見つけた翌日の事。
リズ様と相談して、私とエドさん、サジさんの出発は明日になった。最後の調薬の為に、大瓶が10本届いてビックリだ。本当にこんなに需要あるのかなー?
リズ様の――というか商会の馬車で帰るとなるとアズーロ商会関係者だとバレバレなので、貸し馬車を1台借りて帰る事に。御者さんはアズーロ商会の人が務めてくれるそうだ。
「結局、あまり観光とかできませんでしたねぇ」
本来なら治験の5日間はゆっくりするはずだったんだよねぇ。
「初日から薬の効果が見えたからなぁ。優秀な自分が悪いと思って諦めるしかねーだろ。近いんだから、また来る機会もあんだろーしな」
「そうよー。同郷の子も会えた子と会えなかった子がいるでしょ?今度はお仕事でなくゆっくり来たらいいわ」
「ですねー」
そうだった。そういえばお仕事に来てたんだった。
いつも通り、清浄をかけてからキュアを発動。大瓶10本に並々と汎用薬が出来上がり。随分魔力を使ったからと自分を鑑定してみたけど、うん、MP減ってないね。魔獣ホイホイになる魔力ダダ漏れって、減らないMPが原因だったりするんだろうか?いや、ヨルは”美味しい”と言っていたから、漏れていることだけが原因じゃないのか。せめて漏れている分を何かに使えるといいんだけどな。
「では、私は二階に上がるので、お薬の納入お願いしまーす」
エドさんとサジさんに汎用薬の受け渡しをお願いして、ヨルとタマコと二階に上がる。
今は宿屋暮らしだけど、家を持つならこういう家がいいなぁ。赤毛のアン好きだったし。庭で薬草やハーブの畑を作って、お花なんかも育ててみたりしたら楽しそう。まぁ、王都に定住するかどうかはまだはっきりとは決めてないから当分は宿屋暮らしかな。
あ、庭付きの貸家っていう手もあるかも。
そんなことを考えながら二階へ上がり、いつもの部屋のドアを開けて私は固まった。
「えー……っと、どちらさまでしょうか?」
我ながら間抜けな問いかけだと思う。でも、部屋の中で見知らぬ男女が家探ししていた場合、何と声を掛ければ正解なのだろう?「だれだ!?」とか「なにをしている!?」とかかなぁ。正直、私が言っても迫力ゼロで効果もゼロだろう、うん。
「あー、えと、はじめまして」
家探し男女のうちの女性の方も頓狂な挨拶をしてきた。柔らかく誰何した私が言うのもなんだけど、この状況で”はじめまして”っておかしいでしょう。本職じゃなさそうだ、多分。いや、その道のプロなんて会ったことないからわかんないけども。二人とも若い。20代前半といったところだろうか。
「はじめまして」
ついつられて私も挨拶を返してしまう。
「あのー、お嬢ちゃんは薬師様のお付き?お弟子?そういう感じの子かな?」
男性が優しい口調で問いかけて来た。二人ともいい人そうに見えるのに、不法侵入に家探しだもんなぁ。
「薬師様ってなんのことでしょう?」
YesでもNoでも拙い質問はにっこりと笑って躱す。
「え?あのー、ここに薬師様がいるって聞いたんですけど」
「以前は錬金薬師様がお住まいになっていたと聞いたことがあります。でも、その方はもう亡くなられて遺族の方が売りに出したと。現在はアズーロ商会の持ち物です。私たちはアズーロ商会のご厚意で間借りさせてもらってます」
嘘はついてないよ。
「え?マジで?」
「兄ちゃん、どうすんの?」
おや、ご兄妹でしたか。茶髪に黒い瞳のお兄ちゃんと金髪に青い目の妹ちゃんは全く似ていないけど、私も兄や妹と似ていると言われたことは無かったもん、よくある事か。
――って、ぬらりひょんだから認識されてなかっただけじゃないかー!と脳内で一人ボケツッコミしてみた。
「ホリィ!なにやってんだ、お前!」
ドアからエドさんが飛び込んできた。ヨルが私から離れて部屋を出て行ったので、きっとエドさんかサジさんを呼んでくるだろうと考えて冷静でいられたのだ。ヨル、いいこー。
「私が何かやらかした前提で言うのやめてくださいよー。こちらのご兄妹さん、薬師さんを訪ねて来たそうで、私が部屋に戻ってきた時には家探ししてました。多分、いらしたのはそこの窓からだと思います」
開け放たれている窓を指さす。
「錬金薬師さんはもう亡くなっていて、ここはアズーロ商会所有だと説明してました」
「あほうっ!こんないかにも素人だからいいようなものの、それでも侵入者だろうがっ!お前は危機感を持てと何度言ったら覚えるんだ!!」
おうぅ。久々のアイアンクロー来たっ。初めてのお使いで気まずくなった時以来、デコピンすらなかったのは私がいい距離感を測っていることをエドさんも察してくれてたからだと思うんだけど、ここにきてアイアンクローという事は、よっぽど腹に据えかねたか。
「えー。ヨルがエドさんたちを呼びに行ってくれたから、事を荒立てずに助けを待ってただけなのにひどーい」
「待つな!お前が下に降りてくればよかっただけだろう!」
「そうしたら、この人たちは逃げちゃうじゃないですか!」
「自分の安全を第一に考えろ!大体、明日にはこの国から出るってーのに、二度と会わねぇ犯罪者なんかどうでもいいだろうがっ」
「この人たちがまた入ってきた時にリズ様や商会の人たちがいたらどうするんですか!捕まえなきゃダメでしょう!」
「あのー……」
侵入者を放っておいてヒートアップする私たちに割って入ったのは、妹ちゃんのほうだった。
「あ、放っておいてごめんなさい」
「なんでアンタが謝る」
お兄ちゃんが呆れたように言う。正論だ。




