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第73話 調薬(?)三昧

 「タマコはお酒に目が無いね」

 ヨルが推測したように、家の中には本当にお酒があった。以前に住んでいたという錬金術師さんの趣味なのか、台所から続く地下の食糧庫のさらに奥に隠し扉があって、その奥にはみっしりと並んだ棚に隙間なく酒瓶があったのだ。

 「よく見つけたなぁ」

 エドさんも呆れ顔である。そりゃ呆れるよね。家に入るなり地下に直行して隠し部屋を見つけるタマコの嗅覚と酒に対する情熱に。そして錬金術師さんの酒を溜めこむ意気込みに。


 家の中は定期的に風を通して掃除をしているようで、どの部屋も人が住まなくなって年月が経っているようには見えない。これ、このままここに住めるんじゃない?

 宿とこの家の距離は私の足で30分くらい。往復の一時間が勿体ないというほど忙しくは無いけれど無駄に思う。


 「リズ様、私、調薬の間ここに寝泊まりしちゃ駄目でしょうか?」

 「あら、気に入ったのね、ホリィ。構わないわ、世話する人間を何人か見繕いましょう」

 「いえいえ、自分の事は自分で出来ますので、出来上がったお薬を瓶詰めしてくれる人手だけお願いします」


 根っからの庶民で、しかも第四界では他者とのかかわりが極度に薄かったぬらりひょんですから、自分の事は自分で出来ます。


 「リズと違ってお付きは要らねーってよ。俺とサジが対外的な処理はするから大丈夫だ」

 私=錬金薬師を秘密にするので、商品化にかかる部外者との折衝はエドさん、サジさんにお任せ。

 「大丈夫ですの、ホリィ?」

 心配そうに私を見るリズ様に笑顔で頷く。元高位貴族のリズ様にとっては、自分の身の回りのことを自分でやるという習慣は無いんだろうなぁ。ですが、庶民は全部自分でやるんですよー。


 「ホリィ、私と約束してくださいな。とてもとても大事な事ですの」

 「何でしょう、リズ様?」

 「この男どもに不埒な真似をされそうになったら全力で逃げるのですよ。そして、私に報告なさい。二度と婦女子に言い寄れない体にいたしますからね」

 「ねーよっ!」

 「ないですっ!信用してください、リズ様」


 ははは、エドさんとサジさんが青い顔で必死になって否定している。”ない”に私も同意だけれど、こうも全力否定されると女子としてどーよ……と思わない事もないが、やっぱり私から見ても”ない”ので仕方ない。


 「私から見ても”ない”ので大丈夫ですよー、リズ様」

 私の言葉にエドさんとサジさんがちょっと傷ついたような顔をした。男の矜持に傷を付けちゃったかな?でも、それってお相子です。


 ◇◇◇


 翌日のこと。

 錬金部屋として使われていたらしい20畳くらいの部屋には、大小三つの錬金釜が残されていた。元々は調薬の素材が並んでいたのだろう棚は空っぽだ。


 リズ様が手配してくれた汎用薬の入れ物は、ラーメン屋さんの寸胴鍋サイズの陶器の瓶が3個。これに液体がいっぱい入ったら、一瓶当たり50㎏以上の重さになりそうだ。

 え?これにいっぱい作るの?いや、作ること自体は問題なく出来ますけど、作っちゃっていいのかな?そう考えてチラリとエドさんを見たら、彼は肩をすくめて頷いた。


 いいんだ?いいんだね?後で常識が無いだの規格外だの言わないでよ?


 【清浄】を部屋全体と瓶にかけ【キュア】で瓶を満たす。本当にこんなに作っていいのかなー。規格外云々もあるけれど、そんなに需要ある?噂よりも天魔熱の流行は広がっているんだろうか。


 薬を作り終えたら掃除や洗濯をして昼ご飯。掃除も洗濯も清浄でイケるので時間も手間もかからない。お昼ご飯はサジさんが町に出て調達して来てくれた。


 「このサンドイッチ、美味しい」

 「町のお嬢さんたちに聞いて、評判のいいパン屋さんで買ってきたの。当たりだわね」

 「あー、女性は美味しいものの情報を持ってますもんねー」

 「もっと、こう、がっつりと肉が食いたい」


 卵サンドもハムサンドもフルーツサンドもとっても美味しかったけど、エドさんには少々物足りない様子。夜ご飯の買い出しはエドさんなので、きっと肉々しいメニューだろう。


 昼食を食べたら二階に上り、錬金術師さんが遺した本を読む。錬金術の本が多いが、娯楽系の物も結構ある。あ、私は勉強がてら錬金術の本を読んでますよ?小説や美味しい物マップなんかは、休憩中にすこーし眺めるだけです。ええ、本当に。


 お弟子さんがいたのかな?まだ新しい初心者用の教本もある。それを読んで、私の汎用薬作りが錬金術では無いといったエドさんの言葉がしみじみ分かった。


 私が二階で過ごす間に、リズさんの手配した人たちが錬金部屋で瓶詰め作業をする予定。エドさんやサジさんの見守る中、延々と作業するのはしんどいだろうなぁ。何人で来ているか知らないけれど、50リットル×3で150リットル。小分け瓶は100mlなので1500本?いや、人数によるけど、それ厳しいぞ。


 そう思っていると、部屋のドアがノックされエドさんが顔を出した。


 「リズの眼鏡違いなんだけどよ、瓶詰め要員が3人で、手に余るって言うからアレを持ち出していいかってさ」

 「私は構いませんけど、何か問題あります?」

 「いや、持って行ってくれるんなら、その方がこっちは楽。ただ、馬車と台車の手配にいったん戻りたいそうだから、搬出が終わるまでホリィはここに待機な?」

 「了解でーす」


 こんなに沢山の量を作ったんだから、しばらくはお役ご免かなーと思ったんだけど、翌日には大ガラス瓶が5つに増えていた。

 本当にこんなに要るの?と疑問を呈すると、商会には時間停止の付与が付いた倉庫があると言われた。やっぱ、魔道具はあるんじゃんかー。


 「アズーロ商会だからだかんな?一般的な商会にそんな倉庫は存在しねぇっ!」

 エドさんに怒られたが、分かんないよ、オルダの一般常識からリズ様が外れていてOKなら私だって少々外れていたって問題ないじゃんかー。いや、あるか。リズ様と私を一緒に考えるなんて烏滸がましかった。


 ◇◇◇


 引き籠りながらの調薬生活も一週間たった。

 治験に協力してくれた患者さんたちは症状の重かった人もしっかりと回復したそうで、本当に良かった。


 二日目に大瓶が5本に増えたけどそれ以降は増えることなく、でも減ることもなく毎日5本ずつ汎用薬は運ばれています。倉庫がどれだけ大きいか知らないけど、そんなにお薬溜めこんで不良在庫になっても知らないよー。


 「なりませんわよ。汎用薬はその名の通りのお薬ですもの。天魔熱に有効であるという事イコール天魔熱専用のお薬ではございませんわ」


 おお、そうか。作った本人なのに忘れてた。毒・麻痺などの状態異常回復、病・内部疾患の治癒の効果があるお薬だった。


 「あれだけあれば、少なくとも今回の流行はこの国で押さえることが出来ますわ。ふふふっ。王家にも恩が売れましたし、売り上げは上々です。ホリィのおかげですわ」

 「いえいえ、こちらこそ、リズ様にお世話になりっぱなしで……って、王家、ですか?」

 「ええ、私の姉が王家に嫁いでおりますの。私は市井に下ってもう貴族ではございませんけれど、王族・貴族への伝手でしたらそこそこございますわ」


 「リズの長姉がこの国の王妃殿下だ」

 エドさんが補足してくれた。王妃殿下……王妃殿下って……。リズ様が元高位貴族なのは知っていたけど、そこまで凄いとは認識してなかった。庶民の私のお世話なんかさせてていい人じゃないんじゃないの?


 「そのおかげで信用もございますし、流通に融通も利かせてもらえますの。もちろん、ある程度の数は王家に献上いたしましたしね。王宮の薬師や魔術師が大騒ぎでしてよ?是非、この薬を作った本人に会いたいと懇願されましたわ」


 ほほほと笑うリズ様。え?会うの?やだー。

 首をぶんぶんと横に振る私に、リズ様は安心なさいと言ってくれた。


 「相手からの要望を諾々と受けるような真似はいたしません。安心して頂戴、ホリィ。薬師様は隠者であり、詮索を厭う方。探る様子を気付かれようものなら一切を捨てて移住されるは必至。そうしたらもう二度とこの薬は手に入らない事になりますがそれでもよろしくて?と穏便に説得いたしました。そうそう、万が一にも薬師様がこの国の者が起こしたことをきっかけに雲隠れされましたら、相応の賠償と慰謝料を請求することをきっちりとお伝えしましたわ」


 説得かぁ。脅迫に聞こえたけど、説得かぁ。まぁいいか。リズ様に頼りっぱなしで申し訳ないが、この恩はお薬を作ることで返そう!


「リズの説得にただ頷く物わかりのいい連中ばかりならいいけどな」


 エドさん、そこ、フラグ立てない!



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2020/08/22 短編の異世界恋愛もの「スライムの恩返し」を投稿しました 宜しかったらこちらも是非
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