第70話 彼が異世界通販に手を出した理由
アズーロ商会が手配した病人を集め貸し切りにした宿には、老若男女が20名ほど滞在していた。誰もが新薬の被験者になることを同意していて契約書に署名を済ませているという。
ぽっと出の薬師が作った新薬だが、アズーロ商会の名の下での治験であったためか無料で診察と治療を受けられるためか希望者は多数に上り、年齢や性別、症状別で選出されたそうだ。
この世界には健康保険制度は無いので、医者にかかるとなるとかなりのお金がかかるものねぇ。お薬だって決して安くはないし。
薬が効きますように。
リズ様の鑑定眼でお墨付きを頂戴したとはいえ、少々不安だ。
とはいえ、薬を渡した後に私が出来ることは無い。アズーロ商会の手配した医師が投薬して経過観察し、報告書に纏まるところまでいけば再度調薬の要請が来るだろうが、それまでは自由にしていてよいと言われた。
20名に対し100本の汎用薬。1日1本として5日間でなくなる計算だ。リズ様の鑑定眼では”飲み続けることで万能薬と同様の効果”とのことだったけれど、5本で治るかな?せめて快方に向かってくれればいいのだけれど。
さて、とりあえず結果が出るまでの間はサンストーン観光を楽しもう!
今日はレーグルさんがサンストーンにある教会へ出かけるという事で、サジさんは係から外れ一緒に出掛けられることになった。リズ様はとてもお忙しそうで誘えなかったが、エドさん、サジさん、ヨルとタマコと一緒に宿を出て、町の繁華街へと向かった。
『ホリィ、あれ、美味しそうなのよー』
「なーお」
屋台のフルーツ串に目を付けたヨルとタマコのおねだりでパイナップルに似た果物の串を5本買う。
ヨルのおねだりだったのに、エドさんがお金を払ってくれた。
「このメンツでお前に金を出させたら、俺が甲斐性がねぇみてえだろうーが」
お、ツンデレか?と一瞬思ったが、これは本当に体裁を気にしているらしい。
「エドは格好つけなのよねぇ。でも、私も奢ってもらったから文句はないわ」
「一言余計なんだよ、サジは」
「ありがとう、エドさん、いただきますー」
甘酸っぱい果物はやはりパイナップルに似ている。ヨルとタマコに串を外し、私の掌に乗せて食べさせると二匹とも気に入った様子でモリモリ食べた。食べ終わっても掌を舐めていたのは果物の汁を舐めとっていたのか、魔力を求めていたのか。どちらにしろ擽ったかった。
可愛いから擽ったいくらいいいけども。
特に目当てもなくブラブラしていると……
「えっサポイチっ!?」
「え?」
「は?」
この匂いはサポイチの塩!なんで?サラクでも王都でもインスタントラーメンなんか無かったよ?屋台通りだということは、サポイチに似たラーメンの屋台?
この懐かしすぎる匂い……食ーべーたーいー!
「エドさん、サジさん、私、この匂いのモノを食べたいですっ!」
食べたいー。もし、この匂いの元がインスタントラーメンだったら大人買いするっ。あ、アズーロ商会の支部があるという事は取り寄せも可能かも。いやいや、先ずは食べてみないと分からない。好きだったけれど、特別大好きというほどでもなかったのに、オルダでこの匂いをさせられたら無視はできない!
エドさんとサジさんが不得要領のままであるけど説明はあとです。ワクワクしながらサポイチ塩の匂いを辿ると、そこにいたのは。
「佐伯君!?」
「え?」
屋台前の行列をやり過ごして匂いの元の確認に向かうと、佐伯君が20代前半くらいに見える可愛らしいお姉さんと一緒にラーメンを作っていた。四角い乾麺は懐かしのインスタントラーメンだ。パッケージが無くむき出しなのは、異世界感バリバリだからだね、きっと。
見た目も匂いも懐かしすぎる。これは間違いなくサポイチだろう。この行列から見て、オルダの人たちにもサポイチは受け入れられているようだ。
「あー、堀です。おひさしぶりです」
とりあえず頭を下げる。
「え?堀?あー、久しぶり。けどビックリしたわ」
「私も驚きました。えー、あの、この匂いに誘われて寄ってきました」
この世界でバラバラの場所へ転移した同郷メンバー14人のうち、これで三人目の邂逅だ。世界、狭くない?これもご縁なんだろうか。それとも私の【幸運】なんだろうか。
「ナナキさん、ちょっと抜けてもいいっすか?」
佐伯君が隣の女性に聞くも、女性は可愛らしい顔でにっこり笑って「ダーメ」と言う。そりゃそうだ。こんな行列を見て佐伯君を抜けさせるわけにはいかない。あとでまた来るね、と声を掛け屋台から離れることにする。
「ホリィ、今のは?」
「うん、同郷の佐伯君です。こんな所で会うとは思わなかったから吃驚しちゃった」
「大丈夫?また、嫌な思いをするんじゃない?」
サジさんが心配そうに言う。ケピアの町で盗み聞きした森君と小林君が私を腐していた会話を思い出したのだろう。
エドさんもサジさんも優しい。が、私が本当に気にしていない事をどうやったら分かってもらえるんだろう?おそらくズレているのは私の方なのは分かっている。
第四界でぬらりひょんだった事も、撫でられたり抱きしめられたりされたのが初めてだったことも、森君と小林君が私を陰で悪く言ったことも、御者のシオンさんが私に敵対心を持っていることも。
「大丈夫ですよー?」
ほんっとうにどうでもいいと私が思っていることを、分かってもらえる日は来るのだろうか?
サポイチに未練を残しつつ屋台通りをひやかし、本屋を見つけて入るも値段の高さに諦め、生地屋さんで伸縮性のある布地とゴムを見つけたので購入したりする。ふっふっふっ。これでパンツを作るのだ!チクチク縫うのではなく、錬金術でね。これで、新しい種類のパンツが出来る。今までずっと一枚のパンツを複製しては使っていたので、ちょっと嬉しい。
問題があるとしたら私のデザインセンスだけれど、誰に見せる訳でもないのでいいとしよう。
さて、そろそろ佐伯君の屋台も落ち着いたかな――ともと来た道を戻ってみると、タイミングよく行列がはけていた。
「エドさんとサジさんも食べてみます?私の故郷の――えーと、即席麺っていう食べ物なんですけど」
「行列が凄かったわね。食べてみようかしら」
「おう」
「佐伯君、注文していいですか?」
「塩と味噌と醤油、どれにする?」
「塩でお願いします。エドさんとサジさんも一緒でいい?」
「ホリィちゃんのお勧めでいいわ、勿論」
「塩派かー。俺、味噌派なんだけど、塩もうまいよなー」
「美味しいですよね。塩3つお願いします。――って、これサポイチですよね?」
後半は小声で尋ねる。
「そ、何か無性に食いたくなって、これの為に通販に手を出した!」
ははは。
異世界通販で入手した物だろうとは思ったけど、まさかそれを始めるきっかけがコレとは。確かに、此方で入手できなくて、それでも食べたくなった時に手に入れる手段があったら使っちゃうよねぇ。
懐かしのサポイチ塩味、大変おいしゅうございました。
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