第68話 サンストーン国へ行こう 6
誤字報告ありがとうございますm(__)m
昨日は厩舎を出てからが大変だった。
例の御者さんがリズ様に直談判をしたらしいのだが、その内容が彼にとっては嘘ではないが事実とは全く違うものだったからだ。
曰く、副会頭が連れてきた子ども――私のことだ――が、男連れで厩舎にいた。
曰く、我が物顔で振る舞い(バイコーンに)舐められ食まれ、あろう事かそれを喜んでいた。
曰く、男は俺――御者さんだ――をけん制して凄んできた。
曰く、(あの子どもは)怪しげな薬を使い(バイコーンを)洗脳しているに違いない。
などなど……。
慌てて厩舎にやってきたリズ様が見たのは、崩れた髪で着衣が乱れ、疲労困憊の私だ。もちろん犯人は、私の髪を食み、顔を舐め、すりすりと顔を寄せてはいちゃいちゃしてきたバイコーンたちなのだが、リズ様はそうは取らなかった。
「エディ!見損なったわ!こんな年端もいかぬ幼気な子どもに無体をするような男だとは思わなかったわ!」
「おい、ちょっと待て!何言ってんだ、リズ」
「可哀想にホリィちゃん、大丈夫、私がいますわ。こんな鬼畜な男の言いなりになってまで保護されることはありませんのよ。いざとなったら実家の力を使ってでも、この人でなしの極悪人を二度と明るい場所で生きられないように社会的に抹消いたします!」
「あの、リズ様、どうしたんです?」
リズ様から御者さんの話を聞いて誤解を解くまで、私はリズ様の腕の中だった。会って間もない私を全力で守ろうとしてくれたリズ様の気持ちが嬉しくて、怖いところもあるけど、やっぱりいい人だなぁと思った。
エドさんが私に無体とか。勘違いに私は笑ってしまったけれど、エドさんの落ち込みは相当なものだった。ロリコン疑惑で散々揶揄ったサラクでの生活を思い出す。
◇◇◇
2日目の宿に着いた後も、エドさんはまだ昨日の件を引き摺っていた。
「リズが俺をどういう目で見てるのかよーく分かったよ」
エドさんはかなり落ち込んでいる。信じてもらえなくて拗ねているようにも見える。
「そんなことをする人だと思わなかったって言ってましたよ?」
リズ様はあの時、ひたすらに私を保護しようとしただけで、エドさんの人間性を信じていなかったわけではないと思うけど、疑われたエドさんにしてみたら冤罪で極刑なみのダメージだったようだ。
「”青バラ園でハサミを持つ”方が悪いのですわ」
疑ったことが後ろめたかったリズ様は、最初はエドさんに謝っていたけど拗ねている彼の機嫌を取るのが面倒になったのか、とうとう開き直ってしまった。
「持ってねーっ。むしろお前が持たせたんじゃねえかっ!」
”青バラ園でハサミを持つな”というのは李下に冠を正さずとか、瓜田に履を納れずの様な”疑わしく見られる行動をするな”という意味合いだ。
「ふふふっ。誤解が元でビックリもしましたけどリズ様にぎゅーってしてもらえた私はラッキーでした」
誰かに抱きしめてもらうという初めての体験。凄く気持ちよかったもん。
「あー……あれも初めてだったか?だよなぁ」
「はいっ。すっごく気持ちよかったです」
エドさん、不憫云々は要らないからね。そういう発言をする私が悪いのかもしれないけど、私が思っているよりエドさんはずっと深刻に受け止めすぎると思う。
初めて食べたお菓子が美味しかったとか、見たことのない景色をみて感動したとかそういう分類の話なのに。
「あれ……初めて……気持ちいい……」
あ、リズ様が葛藤してる。確かに、その3つの単語だけじゃ怪しすぎる。――スミマセン、耳年増です――けど、その直前にリズ様からのハグの話をしていたからね?
「リズ様リズ様、誤解なさらないでくださいねー?初めてだったのは、誰かに抱きしめてもらったことで、してくれたのはリズ様ですからねー?」
「……っホリィ!抱きしめられたことが無いだなんて、何て痛ましいのかしら。私で良ければいつでも抱きしめて差し上げます事よっ」
そう言って抱きしめてくれるリズ様。やっぱりエドさんとリズ様は似ている。私の話に対する反応とか、過保護なところとか。リズ様も子供に弱い方なんだろう。――私は成人しているけどねっ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
こちらからも抱きつき返す。リズ様は柔らかくていい匂いもして、とても幸せな気持ちになる。エドさんが呆れているのかこの状況を好ましく思っているのか分からない微妙な顔をしている。
「あのね、ホリィ、シオンの事なんだけれど」
「シオン?」
抱き合ったままだったので、リズ様の声は上から降って来る。
「私の馬車の御者ですわ。昨日、ホリィに絡んだ」
「あー、はい」
あの人はシオンさんと言うのか。そういえば、お互い自己紹介もしていなかったので名前も初耳だ。
「シオンはバイコーンを始め我が家で契約している魔獣たちに並々ならぬ思いを持っておりますの。彼の実家は魔獣斡旋所を営んでいて兄が従魔師ですの。本人も従魔師になりたかったようですけれど、資質が無かったのですわ。それでも魔獣と関わる仕事をしたくて、魔獣馬車の御者の道を選んだとか」
「それでですかぁ。ずっと自分が世話してきた子たちがぽっと出の私に懐いちゃったら、そりゃ面白くは無いですよね。大丈夫です、私は気にしてませんから」
「それでもホリィに対する態度は褒められたものではありませんわ。あとできちんと謝罪させます」
今日のシオンさんは、私の顔を見ると睨みつけるかそっぽを向くかだったけど、昼休憩時にベルちゃんはじめバイコーンたちが私のことを気にしているのを見て、とても悔しそうにしていた。リズ様のお声掛かりで私がバイコーンたちを撫でたり舐められたりしているのは目にも入れたくなかったんだろう、馬車から離れて行ってしまったくらいだ。
「いえ、謝罪とかいらないです」
「でも、ホリィ……」
「ホリィなら全く気にしてねーから余計なお世話だ、リズ」
「ですですー」
実際、リズ様が気にするようなことは何もない。何故ならどうでもいい人が私にどんな態度を取ろうと、心の底からどうでもいいからだ。
「昨日だってよ、俺がムカついててもコイツは”どうでもいい、それよりも!”って別の話題ぶっこんできたしな」
「そうですよー。シオンさん?の事はどうでも良くて、リズ様の愛の力とか語るほうが大事でした」
「あ…愛の力!?」
「そうでーす。リズ様の旦那様への愛情が鑑定の力を進化させたとかそういう話をですね」
「もう……ホリィったら」
私が本当にどうでもいいと思っていることを分かってもらえたかな?
それにしてもリズ様の腕の中は気持ちいい。
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