第67話 サンストーン国へ行こう 5
「あんたら、副会頭の連れてきたお客さんだよな?だからってうちの魔獣に勝手な事をしないでくれ」
「すみません」
いや、好き勝手されているのは私の方だけど、勝手に厩舎に来てバイコーンの傍に寄った私たちが悪いだろう。そう思って頭を下げると、バイコーンが慰めてくれているのか魔力を舐めたいのか、自分の顔で私の頭を掬い上げた。
あの、ちょっと待ってベルちゃん。空気読んで。髪を食むのも頬を舐めるのも今はちょっと拙いって。
「アンタら……ベルに何したんだ。昼に足の不調云々って言ってたのもアンタだよな」
御者の青年が私をねめつける。
ベルちゃんの事が大事で心配なんだろうけど、そんな目で見られましても。
「あ?俺らがバイコーンに何かしたとでも?」
エドさんがオコだ。
「だって、おかしいでしょう!?警戒心の強いバイコーンの中でもベルは特に用心深いというのに、こんな子供にこの懐きようだ。アンタ、ベルの怪我なんてでっち上げて怪しげな薬を盛ったんじゃないのか」
「あぁん?そりゃ何か、リズが認めたホリィを怪しんでるってことか?副会頭自らスカウトして隣国へ同行させようって相手を貶めている訳か?」
「副会頭の同行者だからって、無条件に信用できるわけはないだろう。ベルのこの状態を見て、アンタらが何もしていないなんて言い訳は通じない!」
私の魔力が美味しいらしいからなんだけど、それは言っても良いことなんだろうか?エドさんが矢面に立ってくれているから余計な事は言わない方がいいんだろうけど、疑われているのは私なのだから自分で何とかしなくては。
「あのですね、私はテイマースキルを持っているので、魔獣には好かれやすいんです。決して怪しい薬を使ったりしてません」
ヨルを従魔にしているんだから、テイマーだという事は言ってもいい筈。
「テイマーは俺も何人か知っているし、バイコーンたちに会わせたこともある。だが、ベルは誰にも心を許したりしてない。テイマーだからと言って魔獣が無条件に懐く訳がない。俺はテイマーじゃないがベルが心を許しているのは俺だ!」
……ヤキモチか。
「大体、魔獣に好かれると言ったって、ベルだけじゃないか!他のバイコーンたちはアンタの事を見向きもしていないだろ。ベルにのみ異常が出ているという事は、アンタがベルに何かしたからだろうがっ」
「してませんって」
『他の馬は、ベルに遠慮しているのよー。リーダーのお気に入りにちょっかい出すのは、群れで過ごす子はやっちゃいけない事なのよー』
成程、そういうものなのか。群れる生き物は序列が大事なんだ。
魔獣と話せるのはおかしいとの事なので、ヨルの言葉を伝えるわけにはいかない。さて、どうしようと考えていたら、ベルちゃんが一声嘶いた。
その途端、ベルちゃん以外のバイコーンも私の方にやって来る。ベルちゃんが一歩引くと、バイコーンたちが更に近寄ってきて、バイコーンハーレム状態だ。
『ホリィに好き好きしてもいいよーってベルが言ったのよ。その男がホリィに怒鳴っているのが気に食わないのよー』
ヨル、通訳ありがとう。ベルちゃん、お気遣いありがとう。それにしても、ベルちゃんは人間の言葉が分かるんだね。バイコーン、賢い。
「ふんっ」
大人げなくエドさんが鼻で笑う。
「他のバイコーンは見向きもしないって?さっきからホリィとリーダーの様子を伺ってたのは素人の俺にだって分かったぜ?リーダーの許しが出た途端にこれだ。それでもまだホリィを疑うのかよ、あんた」
エドさん、煽らないでー。この人は焼きもちを焼いちゃっただけだから。そう思っても、口に出したら彼のメンツを潰すだろうから言わない。
「お……俺は認めないからなっ!」
怒りのあまりにプルプルと震えていた御者の青年は、捨て台詞を投げかけて踵を返していった。どすどすと足音荒く、鬱憤の溜まった様子で振りかえる事もしない。
「認めないってよ」
「あー、いや、別に認めてもらわなくてもいいんじゃないですか?」
バイコーンに揉みくちゃにされながらもエドさんに返事をする。髪を食んでも引っ張らないし、舐める時も力任せではなく優しく舐めてくれるし、すりすりと甘えるように顔を擦り付けるのも柔らかいタッチだ。バイコーンは賢いだけじゃなく優しい。好きになっちゃうなぁ。
「いいのか?」
「いや、関係ない人ですし、今まで人に認めてもらおうなんて思ったことなかったですし、エドさんたち以外に私のことを認めてくれた人はいなかったですし」
「また不憫発言かよっ」
エドさんがバイコーンたちの隙間から手を伸ばして頭を荒々しく撫でてくれる。エドさん、激しすぎるよ。バイコーンたちの方が優しいぞー。
「同情を買おうとかじゃなくてですね、私にとっては当たり前の事なので認めて貰えない事で思うところがある訳じゃないですよって言いたいんですよー」
短い旅の間だけの関わりの上に、あの御者さんが操るのはリズ様が乗った馬車だから接点は無いに等しい。そういう距離の人に認めてもらおうが拒否られようが、全くどうでもいい。
「それよりも!」
「それよりもって……なんだよ?」
私の冷淡な物言いに引いたのか、エドさんが微妙な顔をして手を引っ込めた。
「リズ様が結婚してから鑑定眼が商売に関して詳細にわかるようになったって知ってました?」
「あ?ああ、聞いたことがある」
「愛の力ですよねっ」
「……愛の力ねぇ。俺はあいつの利己主義の表れだと思ったがな。なにもかも自分の都合のいいように進めて、我が道こそ王道的な」
ロマンが無ーい。
「エドさん、そんなんだから彼女が出来ないんですよ。って、それはどうでもいいとして」
「よかねーだろっ」
「いいんです。で、その愛の力なんですけど、旦那様の為になりたいっていう気持ちからでしょう?」
「……まぁ、いいけどよ。それで?」
「リズ様が商売に特化しているように、私の鑑定眼も特化してきました!」
見える薬効が違ったのもベルちゃんの疾患が分かったのも、私とリズ様の鑑定眼のレベルの差異じゃなかったんだよねー。
「薬師にふさわしく!健康診断特化です!」
ベルちゃんを再鑑定したときに【状態:健康】と、今まで無かった項目が出たのでヨルやタマコ、ベルちゃん以外のバイコーンたちも鑑定してみた結果、全ての魔獣で健康状態が表記されていたのだ。
思えば、最初にヨルを鑑定する直前に「鑑定眼で食用かどうか分かるかなー」と考えていた。その結果、その後の鑑定ではすべて食用か否かの表示があった。
今回は、最初にベルちゃんの異常のみが表示されていたのに「足は治ったかな、健康になったかな」と考えながら鑑定したせいか、その後の鑑定では【状態】項目が追加されていたのだ。
うん、薬師っぽい。いやどっちかと言うと医師?いやいや、薬師だって状態が分かったうえで調薬出来るならそれに越したことは無いはずだ。
エムダさん、貰ったスキルのおかげで順調に薬師への道を邁進できてるよー!ありがとう!
「そりゃすげぇ。頑張ってんな、ホリィ」
エドさんが今度は優しく撫でてくれた。
相変わらずバイコーンたちの隙間からなので体勢がやや苦しそうだけれど、嬉しいから止めない。
「俺は、あの男がお前を認めないって言った時に腹が立ったけどよ、お前がどうでもいいなら忘れることにするわ。確かに関係ねーもんな、あいつにどう思われようと」
「そうですよ、どうでもいいことで腹を立ててイライラするのは勿体ないです」
「だな」
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