第66話 サンストーン国へ行こう 4
一日目の晩は宿屋泊まりだった。
ゆったりした旅程を組んでいるのか、宿に着いたときにはまだ夕方だった。
サラクから王都への旅の時よりもさらに街道の整備が著しい。王都から友好条約を結んでいる隣国への街道だ。きっと、王族の方々の御幸もあるだろうし、外交をする貴族・輸出入する商人なども盛んに行き来しているんだろう。
馬車溜まりに馬車は配置され、バイコーンたちは魔獣厩舎へと連れて行かれたのが見えた。大丈夫だとは思うけど、後でもう一度ベルちゃんの様子を確認しよう。
部屋割りは、私とリズ様とお付きの女性たちプラスヨルとタマコ、エドさんとサジさんとレーグルさん、御者さんとお付きの男性の組み合わせで3部屋となった。
リズ様が泊まるとあって安い木賃宿などではなく、なかなか立派なホテルの様な宿だ。
他の部屋は知らないけれど、この部屋はスイートルーム?なのかな。室内に部屋がいくつもある。
「ホリィ、疲れましたでしょう?ゆっくりお湯につかってらっしゃいな」
リズ様がそう言ってくれたけれど、リズ様より先に入るなんて!というお付きの女性たちの眼が怖い。それが無いとしても一番先に私が入浴するなんて選択肢はないです。新参者は最後に入らせてもらうよ。部屋にお風呂が付いているのだけれど、大浴場の方へ行ってもいいしね。
「ありがとうございます。夕飯までまだ間があるようですし、ちょっと町を散策して来ようかと思いますので、リズ様、どうぞごゆっくり入浴してください」
実際は厩舎に行きたいだけなんだけども。
お付きの女性たちがうんうんと頷いている。貴族の女性――リズ様は元貴族だけど――は、入浴時にメイドさん達に洗ってもらったりマッサージしてもらったり香油を塗ってもらったりするんでしょ?
ラノベの世界の話だから、地球のお貴族様たちがどうだったかは知らないし、オルダのお貴族様の生活はもっと知らないけど。
「そうですの?外に出るならエドかサジかレーグルを連れてお行きなさいな。一人での外出は危険ですわ」
「はい、そうします」
敷地内の厩舎に行くだけだから一人でも平気だよー、外に出るとしても自動マップがあるから迷子にはならないよーと言いたいところだけれど言えないので、リズ様の言う通りにエドさんかサジさんに付き合ってもらおう。レーグルさんは無いよ、勿論。
「ヨルとタマコも行く?」
『行くのー』
ヨルが答えて肩に乗り、すり寄ってきたタマコを抱きかかえて部屋を出た。
バイコーンとヨルとが意思疎通出来たら、お薬の効きや現在の状態をヨル通訳で本人から聞きたいけど、どうかなー。
宿の廊下をエドさんたちの部屋へ向かって歩いていくと、呼び出すまでもなくエドさんが部屋から出てきた。
「どうしたんです?何処かへ行くところですか?」
まだ部屋に落ち着いたばかりなのでエドさんに聞いてみた。
「あ、レーグルが煩くてよ。お前に対する俺の扱いが悪いだとか、ホリィがどんだけ尊い存在なのかとか……鬱陶しかったんで、サジをレーグル係にして逃げてきたっつーか」
は……ははは。レーグルさん、私に直接いう事を控えた分、エドさんやサジさんに語っているのか。エドさんには申し訳ないけど、私は助かったよ。
「私はちょっと厩舎に言ってベルちゃんの様子を見ようと思うんですけど、お付きあい頂けます?お付きの人たちがいたからリズ様には街の散策って誤魔化しちゃったんですけど、そしたらエドさんかサジさんに付き添ってもらうよう言われまして」
リズ様と二人になれる機会があったらベルちゃんの様子は伝えたいけど、お付きの彼女たちはリズ様から離れるのを良しとしない雰囲気だったから難しいかもなぁ。
エドさんの了承を貰えたので、私たちは宿の裏手にある厩舎へと足を向けた。
「バイコーンは気性が荒いからあまり近づかないように言われたんですけど……」
「俺もそう聞いたが、ホリィだからなぁ……」
私は今、バイコーンのベルちゃんにいいようにされている。
髪を食まれたり頬をペロペロと舐められたり、肩に額を押し付けてすりすりされたりと、イチャイチャと言っていいんじゃないかという位の接触をされているのだ。
角が当たらないようにとても気を使ってくれているのが分かる。気性が荒いって一体……。
最初は遠目で見て鑑定しようとしたんだけれど、私たちを見つけたベルちゃんが落ち着かない様子で足を踏み鳴らしていななき始め、ヨル通訳によると”もっとそばに来て!”との事だったので、恐る恐る近づいたらこんな事になってしまった。
魔力か!?やっぱりダダ漏れ魔力が美味しいのか!?
「ダンジョンでも魔獣にモテモテですからねぇ、私」
ベルちゃんにされるがままの私に同情するようなエドさんの視線が辛い。
「角兎やらカミクダキガメやらも、障壁に突進して来てどっかーんのキューってなってましたけど、障壁が無かったらペロペロされてただけなんですかね?」
「いや、俺に聞かれてもな。魔獣がなめたがる人間なんて聞いたこともねぇし」
ヨルは私を食べに来たと言っていたので、肉食か否かで食べるか舐めるかの違いがあると思い込んでいたけれど、バイコーンは草も食べるが肉食だ。その肉食バイコーンが私を舐めるだけなのだから、角兎たちも私を食べようとはしていなかったのかもしれない。
『ウサギやカメはホリィを食べに来たのよー。おバカだから。この馬はお利口さんだから舐めてるのよー』
「そうなの?」
エドさんにヨルの言葉を伝えると
「知能が低い魔獣はホリィを食べたがり、知能の高い魔獣はホリィを舐めたがる……?なんだそれ、厄介事の種が増えたんじゃねぇの、お前?――モテるって大変なんだな」
しみじみ言わないでください、エドさん。
「いえいえ、たまたま会った子たちがそうだっただけで、魔獣全般に当てはまるかどうか分からないですし!ベルちゃんはお薬の味を思いがけず気に入ってくれただけかもですし!」
エドさん、怖い事を言うのはやーめーて―。
『ホリィの事、好きって言ってるのよー?』
「ヨルもやーめーてー」
いや、嫌われるより好かれるほうが嬉しいですとも、勿論。日本で動物にあれだけ嫌われていたのが嘘のようだと有頂天にもなりますとも。でも、魔獣は拙い。しかもこの子はアズーロ商会の契約魔獣。気性が荒いと言われるバイコーンがこんなに懐いているなんてリズ様に知られた日にはもう……考えるのも怖いよ。
「おい、そこで何をやってるんだ!そのバイコーンはうちの魔獣だぞ!」
もみくちゃにされている私を咎める声に振り向けば、リズ様の馬車を御していた青年が怒り心頭で立っていた。
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