第60話 ストーカー
リズ様とのお食事会から2日。私はすでにアズール商会に卸す一月分の薬の作成を終え、汎用薬も20本ほど作り終えていた。取りあえずのサンプルだ。
向こうで瓶を作るための砂などは手に入るだろうか。身軽な形で行って薬瓶を大量に出したら非常識だよねぇ。瓶を用意してもらう手筈をリズ様にお願いしようかな。
薬用瓶を買ってマスターにし、そこからコピーを繰り返してもいいんだけど、もし大量に使う事になったら薬瓶を作っている人たちのお仕事妨害になるよね。私一人が使う分なら問題ないかもしれないけれど、どうだろうか。
この辺りは今度エドさんやサジさんに相談してみようか。
キュア・ウォーターは私の魔力だけで作れるけど、どんな需要があるか分からないから薬草類をもう少しストックしておきたいな。
「ヨル、タマコ、ダンジョンに行くよー」
『行くのよー』
いつも通りに肩にヨルを乗せ、黒猫タマコを抱き上げてダンジョン行きの馬車に向かう。が、ヨルとタマコが背後を警戒しだした。
「どうしたの?」
『誰か付いてくるのよー』
尾行?理由は何だろう。
私を特定して狙っているなら、思いがけず貰ってしまった美貌のせいか、薬師との繋がりを求めているのか、無いとは思うが薬師が私であるとバレたのか。それとも行きずりの物取りの線か。
乗合馬車やダンジョンに入るときの代金の問題があるから、ぬらりひょんのブレスレットはダンジョンに入るまでは付けていないので撒くことも難しい。
「シャーッ」
タマコが小さく威嚇する。
「落ち着いてねー、タマコ」
このまま宿へ戻るか、知らん顔して馬車に乗って相手を見極めるか。防御力には自信があるが攻撃方法は第四界にいた頃に齧った空手や合気道くらいしかない。武術系スキルは身体強化しか取得していないが、それで何とかなるかなぁ?
うん、宿に戻ろう。ちょっと悩んだけど、安全第一で決めた。
どのみち後5日で隣国へ出発だ。一月近く留守にするんだし、その間に私への興味を無くすかもしれない。戻って来てからも後を付けられるようだったら、その時にエドさんたちに相談しよう。
宿から付いてきたのなら意味は無いかもしれないが、一度アズーロ商会へ行ってぬらりひょんのブレスレットを付ける隙を探そう。
「ヨル、タマコ、予定変更。変なのを撒いて宿に帰ろう」
『どっかーんでキューはダメー?』
「それはちょっと拙いかな」
今のところただ付いてきているだけなので、キューっするほどどっかーんとぶつかっては来ないと思うよ?来られたら来られたで、衆目を集めそうなのでヤダ。
露店を覗いたり、買うものを吟味したりする振りをしながらアズーロ商会へと向かう。
「まだ、付いてきている?」
『きてるー』
ヨルの事を信じていなかったわけじゃないが、急遽進行方向を変えても付いてきているという事はやはり私目当てか。
また、さらわれたりしたら怒られるよなぁ、エドさんに。
半年足らずの間に2回も攫われたりしたら、桃姫状態じゃないか。エドさんとサジさんが配管工兄弟か。
レーグルさんに攫われてまだ4カ月弱なのに、身辺に色々ありすぎてもう記憶の彼方だ。彼の裁判はどうなってるのかな?私のことを聖女云々と言っていた狂乱状態から覚めてくれたといいんだけども。そんなことを考えていたのが悪いのか……。
「お久しぶりでございます、ホリィさん」
突然、目の前に白に近い金髪のイケオジ――レーグルさんが両の膝をつき叩頭していた。
え、なに、土下座?何してくれちゃってんの、このイケオジめ。やめてー!周囲の目を気にして!周囲から視線が刺さってるよ?遠巻きにして視線を刺してくる町の皆さまに私が誤解されるでしょう!?
「ご尊顔を拝し奉りて幸甚の極み。麗しくも健やかなるお姿をこの目にまた映す事が叶いましたことは――」
「待って!やめて!レーグルさん、お願いですから立ってください!人目を気にしてください!!」
狂乱状態から覚めるどころか悪化している。どうするの、これ。誰か助けて!
「ホリィさんに何をするんですか!」
助けだ!誰だかわからないけどありがとう!私とレーグルさんの間に入ってくれた人の背に向かって感謝をした。
『付いてきてた人なのよー?』
感謝を速攻で撤回する。
「大丈夫ですか、ホリィさん」
振り返った男性の顔を見て脱力した。この人、私に好き好きオーラを出していたアズーロ商会の受付の人だ。心配げな顔をしているけれど、頬が赤いよ?そんなにこの顔は魅力的か。確かに美少女だけれども。
今の自分が美少女なのは知っているが、この顔はエムダさんの手違いの産物なので自惚れは無い。ただ整ってるなーと客観的に思うだけだ。
この人が付けてきた人なら誘拐云々じゃなさそうで一安心。
「大丈夫です。ありがとうございます。アズーロ商会の方ですよね?あの、こちらは以前にいた町で知り合った方で、別に何かをされたとかそういうんじゃないです」
誘拐されたけどね。それは過去の事にしても、現時点で困らされてるけどね。
「レーグルさん、立ってください。エドさんとサジさんが宿に居るはずなので、一緒に行きましょう?」
裁判の事やキルタのその後のことなどは街中で話せるようなことじゃないというのは建前で、人目のある所でレーグルさんと話すのは怖いよ、私の評判的な意味で。私はレーグルさんを無理やり立たせた。
親しくしている人はいないけれど、王都に来て三ヶ月も経つのでそれなりに知人も出来たし顔見知り程度の人だって増えた。今、遠巻きにしている人の中にも知った顔があるんだ。こんな所で問答していられやしない。
エドさんとサジさんの二人ならどうにかしてくれるだろう。
「あ、あの、僕はアズーロ商会で受付業務をしているローマンです。二人きりになるのは拙いですから、僕がお送りしますよ、ホリィさん」
「あ、いえ、結構です」
この人も顔見知りの一人で、懇意にしているアズーロ商会の人だ。この後のレーグルさんの言動が予想もつかないから、私の世評を守るためにも見ないでいてほしい。
厚意を真っ向から拒絶されたローマンさんがちょっとがっかりしているけれど、勘弁してください。ホント、レーグルさんは予測不可能なので。
あと、好いてくれたのは嬉しいけど、この顔になってまだ4か月だからさ。中身は美少女顔にそぐわないモブ市民だから。ローマンさんも早く目を覚ましてください。
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