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第57話 火事

 「目立つ事すんなよ」「しないよ」この会話はフラグだったのだろうか。

 そんなことがチラリと頭をよぎったがそれも一瞬。私は目の前の惨状をどうにかするために走った。


 燃えさかる家、もうもうたる白煙、全身に火傷を負っている女性、女性にすがって泣き叫ぶ子ども。火元であろう家の両隣も延焼している。

 バケツリレーの要領で周囲の人々が家に水をかけているが、炎が大きすぎて意味をなしていない。警備隊を呼べ!消防団を要請しろ!水を使える魔術師はいないか!治療師は!そんな怒鳴り声が聞こえるが、まだ誰かが駆けつけてくる様子もない。


 火傷の範囲が大きすぎる女性は意識が無いように見える。深度はどうだろう。あれだけの火傷だ、浅くはないだろう。周囲も術無く見守るのみ。このままじゃ助からない。


 ぬらりひょんのブレスレットはちゃんと付けてる。焦る気持ちの中でもそれだけは確認した。


 【水!】大量に、家を覆い尽くすほどに、火を消し去るほどに!火事現場に到着した私は、先ず鎮火を試みる。

 瞬時に私の意思のままに燃えている家を覆うほどの水球が現れ、そして弾けた。完全鎮火とはいかなかったが、燃え盛っていた炎は姿を消した。燻ってはいるがそっちは後回しだ。


 【ヒール】シャボン玉が女性を覆い、沁み込んで消える。爛れた皮膚が見える。まだ駄目だ、まだ治っていない。【ヒール】【ヒール】【ヒール】

 三度かけて、ようやく女性の火傷が上皮化した。更にヒールを二度かけたところで日焼け程度の赤みになる。もう一度かけてようやく治ったと言えるほどに回復した。

 そこでようやくハイヒールとか使えたんじゃないかな?と気付いた。万が一を考えて、普段から治療系の魔法を意識して系統立てておいた方がよさそうだ。


 「奇跡だ……」

 誰かの小さなつぶやきをきっかけに、異様な事態に静まり返っていた人々が我に返ったように歓声を上げた。

 「ママ……ママ……」

 「だいじょうぶ、よ。ごめんね、心配させて。でも、これは一体……」

 火傷の女性も気が付いたようで何より。子供を抱きしめて涙を流す姿を見てホッとする。


 「大丈夫かい?痛みはないかい?」

 「……この目で見ていても合点がいかないよ。火事が一瞬で消えて、助からないほどの火傷を負った筈なのに赤み一つ無くなって」

 「良かったねぇ、本当に良かったねぇ」

 女性の知り合いだろうか、何人もの人が彼女の無事を喜び泣いている。

 「神様、ありがとうございます。ありがとうございます……」

 「こんな不思議なこと、目の前で見なきゃ信じられないよ、ほんと」

 「何が何だかわからないけど、本当によかった」


 うん、本当、助かって良かったねぇ……


 (ヨル、タマコ、行こうか)

 火元はまだ少々燻ってはいるがもう後は人力で大丈夫そうだ。そう見て取れたので、私は火事とその沈静化の奇跡(?)で興奮冷めやらずにごった返している人混みから離れた。


 昨日の会話を思い出す。

 「目立つ事すんなよ」「しないよ」

 うん、大丈夫。派手な事を色々したけど()は目立ってない。


 持った力は「使う」か「使わない」かの選択が出来ると以前にエムダさんのいた狭間で話したことがあった。でも、この状況で力を「使わない」選択なんてあり得ない。

 いろいろと文句を言ったけど、力を貰ってよかったよ、エムダさん。そのおかげで人を助けることが出来ました。ありがとう。


 けっこう魔法を使ったからMPをチェックしてみたが減っていない。これは本当にどうなっているんだろう。レベル1だけど魔力超回復がそれだけ凄いって事なんだろうか。


 商会の手前の路地に入り、人気が無いことを確認してからブレスレットを外す。人目があるところで迂闊に外して誰かを驚かせるのは本意ではないし、効果がバレバレになってしまうから。

 いつも通りに薬を卸し、代金と依頼書を受け取って帰ろうとするとマージカレアさんに呼び止められた。


 「天魔熱と言うものをご存知かしら?」

 知らないので首を横に振るとマージカレアさんが、短期間に広範囲に蔓延する感染力が強い病で、高熱が続き体中が痛む、死亡者も多く出るし往々にして障害が残る厄介な疫病だと説明してくれた。インフルエンザのようなものだろうか。


 「隣国で流行り始めているとの情報が入りました。聖女様が癒して下さっているようですが、何分おひとりですべての罹患者を診ることは出来ないので……」

 そりゃそうだ。エリアヒールを使えたとしても、国中にかけられる訳じゃないだろう。


 「厄介なのは天魔熱には特効薬が無く、対症療法しか出来ない事なんです。何度かよく効くという薬が出回った事はあるんですが、次の流行時には効きが悪くなってしまうんです。王家の方々や高位貴族の皆さまでしたら万能薬を使う事が出来ますが、庶民ではとてもとても手が出ないお値段ですからねぇ」

 やはりインフルエンザと似たような病気のようだ。複数の型があって、さらにそれが変化して新型になってしまう。


 「この国に流行が来る前に、解熱剤と吐き気止め、鎮痛剤などの材料を準備していただきたいと薬師様にお伝え願えますか?必要でしたらこちらで手配いたしますので」

 

 「はい、わかりました」


 隣国の聖女様(あんどうさん)、大変そうだなぁ。頑張ってー!確かめようもないから安藤さんと決めつけてしまっているけど、安藤さんじゃなかったとしても聖女様頑張ってー!


 エリクサーほど高価じゃない万能薬が作れないもんかな。キュアポーションとかどうだろう?ウィルスに効くんじゃないだろうか?私の魔力量と魔力回復速度ならば大量生産が可能だ。隣国に行って患者さんに試してもらうのは有りか?


 問題は、それが一時しのぎにしかならない事。


 私しか作れない薬で流行り病を抑えることが出来たとしても、私がいつまでも生きている訳じゃない。誰もが作れる薬でないと根本的な解決にはならない。

 私が凌いでいる間に新薬が開発されればいいけど、キュアポーションで治るとしたら研究対象から外れることになるかもしれない。


 流行るたびに変化していく病を治す薬のレシピかぁ。難しいよなぁ。


 ――って、私がそんなに気負う必要なくない?


 あぶねーあぶねー。私はこの世界を救うために来たわけでも発展させに来たわけでもない。ただ生きていればそれでいい筈だったよ、そういえば。

 火事騒ぎで人を助けることが出来たから興奮して思考回路がおかしくなってた。病を防ごうとか根本的な治療薬とか、そんな大きなことはお偉い方々にお任せして、モブ市民は身の丈に合った自分に出来ることをしていればいい筈だ、うん。


 調子に乗ってたねー、私。


 マージカレアさんの所を出てから天魔熱と薬の事ばかりを考えていて、ぬらりひょんのブレスレットを付け忘れていたことに気が付いたのは、宿の部屋に戻ってからだった。


 宿の部屋でしたのはキュアポーションの作成。キュア自体を使ったことが無かったのでまずそこからだ。


 【キュア】


 対象が無くても発動したキュアはやはりシャボン玉のようだった。ごく薄い水色だったヒールと違って、こちらはペリドットのような若草色だった。錬金魔法で作っておいた瓶に詰め、コルクで蓋をする。


 【鑑定】


 ―キュア・ウォーター―

 別名:キュア・ポーション

 毒・麻痺などの状態異常回復、病・内部疾患の治癒

 飲用

 美味

 等級:A


 「ヨル、タマコ、イケると思う?」

 『いけるのよー、きっと』

 ヨルが答えてくれ、タマコも私の手を舐め同意を示してくれた、……多分。




読んで下さったあなたに感謝を

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2020/08/22 短編の異世界恋愛もの「スライムの恩返し」を投稿しました 宜しかったらこちらも是非
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