第55話 好意の視線?知ってた!
初めてダンジョンに潜ってから一月が経った。
ダンジョンで素材を採取し、足りないものはアズーロ商会や薬種問屋さんで購入しては調薬の日々。とは言っても私は調薬魔法でホイホイ作れるので時間も手間もかからない。
薬は順調に売れるわ、ダンジョンでのドッカーン&キューっの余禄もあるわで所持金も順調に増えている。
エドさんとサジさんは私をある程度は信用してくれたらしく、どちらかが必ず傍にいるという縛りを無くし、それぞれで冒険者ギルドの依頼を受けたりしている。
ダンジョンに行くときにエドさんとサジさんはヨルとタマコに私のことを宜しくと言うのはどうかと思うが……
「ホリィ、お前は今日は商会か?」
「そうですよー。お薬の納品に行きます」
私の薬は評判がいいそうだ。お値段は高いけれど一服で治るのでコスパがいい。正直に言っていま納入しているよりもずっと大量に卸せるのだけれど、それをしてしまうと他の薬師さんの商売を邪魔することになるので自重している。
ちなみに等級Sの素材で調薬したら等級SSの薬が出来たので、自分たち用にとってある。持ち込みヤバいと私の鑑定でも分かってよかった。
「俺も今日は用があるから一緒に行こうぜ?」
「珍しいですね」
私と商会を繋いでくれた時と、初めてのお使いストーキングの時以外でエドさんが商会へ行くと言ったことが無かったので聞いてみた。
「リズに頼まれていたモンを入手できたんでな」
「おお、噂のリズ様。私は掛け違っていてまだお目にかかってないんですよねー」
「それ違う。掛け違ってるんじゃなくて、俺がマージに頼んであんの。お前とリズの接触は避けてほしいって」
「え?どうしてです?」
「何かやばそーな気がすんだよなー。お前とリズが意気投合なんざしちまったら、何かしでかしそうでなぁ……」
そんなことを言われるとかえって興味が出てしまうではないですか。
今日はエドさんと一緒なので、認識阻害のマントは着けているが、ぬらりひょんのブレスレットは外している。じゃないと、エドさんが独り言を呟きながら歩く痛い人になっちゃうからね。
「リズ様ってどんな方なんですか?」
商会へ向かいながら尋ねてみる。
元高位貴族のお嬢様で高レベルの鑑定眼持ちで、アズーロ商会の会頭に惚れこんで押しかけ女房になった事しか知らない。って、こう並べるととんでもない方だな。
「お前とは違った意味で非常識。常識を知らない訳じゃなく、知っていて自分のしたい事の為なら踏みにじるタイプ。やりたいことしかしないし、したいことを我慢しない。それでいて周囲に好かれてる。ある意味、天衣無縫だけど周りが根回しやら後始末やらに苦労する。苦労するのに嬉々としてやりたがる面々が後を絶たない」
お…おおう、凄い人だ。羨ましい生き方だなー。私には一生出来ないだろうけど。
「ちなみに、いま一番やりたいことは旦那の補佐。要は商会の役に立ちたい、商会を大きくしたいって所だな。鑑定眼のレベルが高いのも僥倖だと喜んでそうだ」
旦那さん、愛されてるね、ひゅーひゅー。
「なんで、お前のように非常識なまでにヤバい物を持ってたり作れたりするヤツはリズにとっちゃ金の卵を産むガチョウだな。ヤバいだろ?」
うんうんと頷く。エドさんやサジさんは私が非常識な事をしたら注意してくれるけど、リズさんは「もっとやれ」と煽るタイプなんだろう。煽るだけじゃなく、自分も嬉々として手も口も出し、どっぷりと関わるんじゃなかろうか。
安全第一・いのちだいじにとは方向性が違う方のようだ。
楽しそうな方だけどなー。残念ながらご挨拶レベルまでのお近づきでいよう。私はあくまで薬師様と商会との間を”お使い”するただの子どもだという設定を忘れないよう心掛けておかなくては。
「金の卵を産めるかどうかは分からないんですけど、マジックバッグは流通させたいんですよねー」
だめでしょうか?とエドさんに聞く。
「薬師様から借りていることにするとか、見つからないようにこっそりと使うとかしていますけど、いつボロが出るかと心配ですし。あ、いや、出さないように気を付けますよ?ホントに!」
流通してくれれば気を張らずに使えるんだよなぁ。私の場合はインベントリだけど。
佐伯君あたりの賢き人が流行らせてくれないもんか……と他人任せで考えていたけど、リズ様が商売にしたいというならしてもらえないかとも思う。
「そこからなし崩しにお前の力がバレていく未来が見えるなー、俺」
「ですよねー」
うん、私にも見えた。
『ヨルも見えたー』
ヨルにまで言われた。タマコも同意するかのように尻尾で私の足を撫でている。
自覚はあるけれど、周囲がこぞって同意するとは!
「ま、もう少し様子を見ようや。薬師としてだってまだ一月ちょいだろ?色んな方向に手を出すのはホリィにはまだ難しいんじゃねーかな」
まあね。器用じゃないし、人付き合いも常識も勉強中だしね。出来れば流通してほしいというだけで緊急の話じゃないのだ。
商会でいつも通りにマージカレアさんと別室で取引をし、次回の依頼票を受け取った。
「これから暑くなりますので、暑気あたりに有効なお薬を出来ればお願いしたいの。お腹を壊す人も多いから、胃腸薬は多めに」
「はい、薬師様にお伝えします」
マージカレアさんは私と二人の時は、初対面時の堅い口調ではなくなり話しやすくなった。良かった。お堅い口調のままだと私が疲れる。
部屋を出て、商会の出口に向かって歩いていると商会の人間にも商売に来ている人にも注目される。これはいつもの事だ。影の主とエドさんに言われるマージカレアさんが毎回別室で対応する子どもはいったい誰なのか、何の取引なのかと注視されているのだ。
商会のメンツでも私が何を卸しているのかを知るのはごく一部だそうだから、気になるのも仕方ない。
「エドさん、ご用は済んだんですか?」
「おう、もう納入した」
「待っててくれたとか?」
「一応な。でもアレだぞ?心配でとかじゃなくてだな」
ははは。ストーキング事案からの私の不機嫌がそんなに堪えていますか。って笑い事じゃないね。
「そんな風に思いませんよ。お待たせしました」
どうやら今日もリズさんにはお目にかかれないようだ。
「どっかで昼飯食っていくか」
エドさんが私の背を押して商会を出て行くとき、とても強い視線が突き刺さるようだったけれど、振り返ることなく私たちは通りに出た。
「あー、お前が気が付いてるかどうか分かんねーけど」
言い難そうに口を開いたエドさん。
「俺が口を挟む筋合いじゃねーとは思うんだけどよ、分かってねぇと騒動の元になるかもしんねーし」
前置きが長いよ。
「こういうの本人は案外気が付かないもん……かもしんねぇからお前が気にすることは全く無い……けど、お前」
「あーもう、何なんですかさっきから!」
イライラしてきたぞ。
「スマン。でも言い難いんだよ、分かれよ!」
分かんないよっ!
「お前、商会のカウンターの右奥で業務してたヤローに惚れられてるぞ!」
「そんなの知ってた!」
なんだよ、凄く言い難そうだったからどんなトラブルかと思ったらそんな事だったとは。
「し……知ってたってお前、告白とか、された、のか?」
「されてないですよ。でも、これでも女の端くれですからね。好意の視線は分かります。あの人と挨拶以外はしたことないですけど、分かりやすく好き好きオーラ出してましたもん」
陰からそっと見つめるとかじゃなく、正々堂々と頬を染めながらガン見してきてたよ。鈍感系ヒロインだって気が付くレベルだと思う。
日本で色っぽい経験が自分にあったわけではないけれど、誰からも構われてなかった分、周囲をじっくり観察する機会は山ほどあったのだ。人様のとはいえ、熱っぽい視線とか気を持たせる素振りとか子どもながら周りに色恋沙汰はあったんだよ、うん。
「ど……どうすんだよ?」
「どうするって何がですか?」
「いや、あの男と付き合ったりとか」
馬鹿ですか。
「挨拶しかしてない人ですよ?」
「じゃ、断んのか?」
本当に馬鹿ですか。
「好意は感じますけどね、何も言ってこない人相手に”お断り”ってそれ、ただの痛い人ですからね?向こうが何も言わないならこっちも何も言わないもんです。それが分からないなんて、エドさん……いま、彼女がいないのは知っていますけど、まさか今まで一度も……」
元の世界でぬらりひょんだった私は、当然彼氏いない歴=年齢だけど、まさかエドさんその年で彼女いない歴が年齢とイコールだったり……。
「大丈夫ですよ!エドさんはいい人だし、格好いいし、優しいし、いつかエドさんのいい所を分かってくれる女性が現れますから!ね?」
慰めたのに、エドさんは深い深いため息をついたのである。
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