第50話 商家にお薬を持ち込んでみました
「いいか、お前はとりあえず黙っておけよ?」
「了解でーす」
エドさんが懇意にしている商家へ向かう途中、何度も何度も念を押された。オカンは本当に心配性だと笑いたいところだが、色々とやらかしてきた実績があるので仕方がない。
今日は、薬のサンプルをエドさんが懇意にしているアズーロという商家へ持っていき、商談が纏まれば私が納品や受注を行うお使いとして紹介される予定である。アズーロ商店は規模は中の上だが手広くやっているそうで、食品から雑貨、武器防具から医薬品まで扱っている、いわゆる万屋さん。
ちなみに、ヨルとタマコはサジさんと一緒にお留守番だ。きっと餌付けされていると思う。
「大変お待たせいたしました、お久しぶりにございます。ご壮健なようで安堵いたしました、エドヴィリアスタ様。お初にお目にかかります、お嬢様」
招かれた部屋で椅子に座って待つこと暫し、部屋に入ってきたのは眼鏡をかけた初老の女性だった。細身で背筋がしゃんと伸びた、如何にも仕事の出来そうなオーラを纏っている。
「突然の訪いを許せ。ホリィ、こちらの女性はマージカレア、この店の影の主だな。マージ、こちらはホリィだ。商談が成れば薬師殿とこの店との間で使い走りをする予定の娘だ。手紙に書いた通り、薬師殿は理由ありのお方で表に出ることを良しとしない。詮索・他言共に無用を確約してもらえねば、話はご破算とする」
いつもよりも固い口調で、まるでエドさんじゃないようだ。大体、こちらがお願いに来てるんじゃないの?上から目線でいいんだろうか。
「ほほ、エドヴィリアスタ様、私は息子に店を譲ったしがない隠居にございます」
私が無言のままマージカレアさんに頭を下げると、マージカレアさんも会釈をしてくれた。
「尤も、お前が商機を逃すことは無いと思っている。先ずはこれらを確認してくれ」
ニヤリと笑ったエドさんが取り出したのは私が調薬した薬だ。
「失礼いたします」
マージカレアさんは白い手袋を嵌め、傍らの台の上にあった家庭用のデジタルスケールの様なものを目の前のテーブルに置いて、薬包を乗せた。これが鑑定の魔道具なんだろうなぁ。触れているのは包み紙の部分なんだけど、鑑定結果で【薬包】とか出ないんだろうか?
デジタル……ではないのだろうけど、鑑定結果が表示されると思われる部分はマージカレアさんの方を向いているので、私からは見えない。
私の鑑定が間違っていたらどうしようとドキドキである。
「……っ!」
息を呑んだマージカレアさんの顔をエドさんがニヤニヤと見ている。等級がSだということは言ってなかったようだ。
自分が驚いたもんだから他人も驚かしちゃえ!みたいで性格悪いよね。そう思っていると、隣の椅子に座っている私の腕が彼の指で弾かれた。本当に、この人は読心スキルをもっているんじゃなかろうかと思うよ。
マージカレアさんは全ての薬を鑑定し、私たちの方へ向き直った、
「エドヴィリアスタ様、どちらでこれほどの薬師様と遭遇いたしましたの――と伺うのもご法度でございましょうね。このクラスの薬を安定して頂戴できると思っても宜しゅうございますか?」
「そうだな。妙妙たる才能をお持ちだが頑なな薬師殿のことだ。意に添わぬ他者の言動で拠点を他に移すやも知れん。薬のクラスだが、薬師殿からは努力すればなんとか等級Bまでは下げられると伺ったが、その苦労を掛けるのは忍びない」
「まあ」
あー、私は黙っていればいいんだよね? 謎の薬師殿とやらのイメージが上がりすぎるとお尻がムズムズするというか据わりが悪くなるんだけど、その辺は考慮してもらえないだろうか。私とかけ離れたイメージを作ってもらってて文句を言える筋合いじゃないけど。
「少々失礼をして、うちの者にこのお薬を鑑定させることをお許しくださいませ」
「構わぬ。存分に確かめよ」
薬包を全て持ち、マージカレアさんが優雅な一礼の後に部屋を出て行った。
おお、鑑定眼持ちの人がお店にいるんだね。市井にもやっぱりいるんだなぁ。魔法を使える人間が人口の一割なんだから、その全てを国や教会が囲い込めるわけないか。エドさんが脅すから、魔法使いは市井で暮らせないのかと思って、かなり緊張してたんだけど?
エドさんにそう言うと
「一種類の希少度の低い魔法だけしか使えないとか、複数使えても力が弱いとかなら普通に職を得てるに決まってんだろ。お前は自分が規格外だってことをもうちっと自覚しておかねぇと痛い目に遭うぞ。国が囲い込むのは貴族の魔法使いと、市井の中でも能力の高い魔法使いだ。そもそも魔法を使えるのは殆どが貴族だしな」
説教が返ってきた。
やはり、どれだけチートを隠せるかがモブ市民への必須条件のようだ。
「ん?でも、鑑定ってレアスキルじゃなかったでしたっけ?」
「ん……まぁ、なぁ。そうなんだけど、ここの鑑定職はちょっと変わりモンで、高位貴族の出なんだがここの息子に惚れこんで、押しかけ女房になったんだよ。国も家族もリズのやる事にはもうあきらめの境地と言うか――」
リズさんってひと、格好いいな。レアスキル持ちの貴族様が、その地位も身分も捨てて愛に生きるだなんて!
「お待たせいたしました」
マージカレアさんが戻ってきて私たちの向かいに腰を下ろすと、おもむろに一枚の紙をエドさんに差し出した。
「ぜひ、取引の契約を結ばせていただきたく思いますが、薬師様の条件は、対面しない、素性を探らない、受注と納品は人を介すという事だけでよろしいのでしょうか?卸値の交渉や薬草の手配などは如何いたしましょう」
「価格についてはマージに任せる。薬草類は自分の目で確かめるお方なので手配は不要。あとは、購入者に薬師殿の情報を漏らさない事を頼もう」
頷いたマージカレアさんは紙を見るようにエドさんを促す。
「価格についてはそちらの一覧を薬師様にお見せいただきたく存じます。それと、薬師様の情報を漏らすも何も、私共は何の情報も持ってはおりませんよ」
クスリと笑うマージカレアさんは、私の方を見て首を傾げた。
「こちらのホリィ様に関しても他言無用と推察いたしましたが、契約の取り結びや連絡はどう取ればよろしいかしら。表に出ることを厭われる方でしたら、医薬ギルドへの登録もなさっていない?」
「割に意固地なお方でな。栄誉にも功を上げることにも関心が無い。己とそれに付き従うものたちの糊口をしのぎ町の片隅で暮らしたいと考えてらっしゃる。故に契約や連絡などの一切はこのエドヴィリアスタに任せてもらう。無論、責も全て負う」
は!?何言ってんの、エドさん。
「――口をはさんで申し訳ありませんが、エド……さま」
エドでいいと言われてから一度も正式な名前を口に出していない私は、間違えずに噛まずに彼の名を呼ぶ自信が無かったので、愛称呼び…かろうじて様付けで声を掛けた。
「エドさまに全てを負わせることを、薬師様は良しとされないと思います」
自分の事を様付けするとか痛いし痒いしで辛いけど仕方ない。
「薬師様は表に出ることを嫌っておりますが、それは私が間に立てば良いだけ。自分の責任を誰かに押し付けるようなお気持ちではありません。この件に関してはエドさまよりも私の方が薬師様のお気持ちに沿っていると確信しております」
だって、私の気持ちだからね。
エドさんにはとてもとても感謝をしているけど、おんぶにだっこで薬師家業をするつもりは無い。こうして頼っている分際で何を言うかと思われるかもしれないけど、私はこの商家との縁を繋いでもらった後までエドさんに表に出てもらおうなんてとんでもないことは考えていない。
「薬師様との契約は、お手間をかけてしまって申し訳ありませんが、私が間に立ち書類を行き来させたいと思います。連絡に関しましては、日を決めるか、三日に一度というように頻度を決めるかして、私がこちらにお邪魔させていただきたいと思います」
「ホリィ」
エドさんが咎めるように私の名を呼ぶ。
でも、これは譲らないよ?世間知らずでこれからも迷惑をかけるかも知れないけど、自分で出来ることは自分でやるし、もっと出来ることを増やしていかなきゃいかんのだ。自立した薬師になるために。
エドさんの手元にあった価格表を奪い取り、マージカレアさんに言う。
「こちらも、私が確実に薬師様にお届けいたします……って、高っ!」
価格表を見て驚いた。
風邪薬が一包当たり銀貨3枚っどういうこと!?朝晩飲んで一日六千円!?完治まで一週間かかったら四万二千円……風邪は万病のもととは言え、これは高すぎる。旅の途中でした市場調査では高くても銀貨1枚だったよ?
「ホリィ様はこの薬の価値をご存じないご様子ですね」
いや、知ってるよ?私が作ったんだし、鑑定眼でチェックもしてる。マージカレアさんは風邪薬を一包持ち上げて私に見せて言う。
「こちらは上級風邪薬と呼んでも差し支えないかと。重症化さえしていなければ、この一服で症状全てが恢復するという今までになかったお薬です」
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