第4話 第二界へ行く人 帰る人
用意していた質問を終え、クラスメイト達は相談に入った。
「異世界転移、なんか、思ってたのと違う」
「まーなぁ。でも、結局は生きられるかどうかだろ?勝手に召喚されて勇者だ聖女だって枷が付くよりましじゃね?国を救ってくれとか病気を治してくれとかさ」
「そりゃそうだけど」
「で、どうする?」
「…あの。私は帰りますので。1/4の確率に賭けるというか、女房や子供たちのいない世界で生きていくのは無理ですし、未来永劫縁を断つっていうのは考えたくもないです」
バスの運転手さんが言った。
大人二人はそういえば第二界についての事は何の質問もしなかったし、みんなの会話に入ってくることもなかった。
先生も帰る組かな?
何人かが先生の顔を窺うが、先生は誰とも目を合わさず声も発しないままだった。
「せんせー。うちらが異世界に行くからって先生もとか考えなくていーですよー。そこまで引率してくれなんて言わないですし、がっこーの外どころか地球の外なんだから、せんせーに責任なんてないですー」
伊藤さんが言う。
「あ、リリは移住するなって言ってる訳じゃないですよ?」
安藤さんが伊藤さんのフォローをする。
「先生だから生徒を守らなきゃとか、大人だからとか、そういうのは考えずに私たちと同じように、自分がどうするかどうしたいかを考えて、先生自身の道を決めてほしいんです。だよね、リリ?」
「そーそー。せんせー、もうすぐ結婚でしょ?自分と彼氏さんの事考えてほしいなーって思って」
そういえば、そんな噂を小耳にはさんだことがあったな。
「全員が行くわけでも全員が帰るわけでもないだろうしー、せんせーとしてってことなら、行きたい方の引率よろしくー」
「……ありがとう。先生なのに、あなたたちにそんなことを言わせてしまってごめんなさいね」
「だーかーらー、そういうの気にしなくたっていいのにー、ねー?」
「ねー」
伊藤さんと安藤さんが笑い合う。
仲いいね。
彼女たちが言っていたことに全面賛成。
こんな異常事態でまで先生である必要はないし、移住希望者が何人なのかは分からないけど三人から五人ごとに別の場所へと転移するなら先生の引率だって皆が受けられる庇護でもない。
「行くか帰るか決まってない人いるかー?」
佐伯君が声を上げた。
心が決まっていない人はおらず、一様に首を振る姿があった。
多分、行くか行かないかはみんな最初から決めていたんだと思う。
声の人の答えはそれを後押ししたか引き留めたかは分からないけれど、生存確率の低さを考えても戻りたい人と異世界への移住にロマンを感じる人とは最初から違いがありすぎる。
「元の世界に戻る人は運転手さんの方に、第二界移住の人は佐伯の方に纏まって」
柳君の言葉で三々五々移動するクラスメイト。
私はもちろん佐伯君の方だ。
安藤さんと伊藤さんも移住組。
先生は逡巡した後に運転手さんの方へと足を進めた。
結果、帰還組は17人。移住組は15人で男子9人、女子6人だ。
半数も移住希望するとは思わなかったなぁ。
もっとも移住希望者が何人いようと3~5人のグループを作ろうと私はソロ――と言えば聞こえは良いがぼっち――なので関係無いのだけれど。
―元の世界に戻るあなた方には狭間の記憶は残りません。元の場所へと帰しましょう。
声が響いたとたんに帰還組の姿が消えた。
あんびりーばぼーだ。いや、そもそもこの空間が既にそれか。
―第二界へと旅立つあなた方に記憶の加護と忘却の加護を。
―記憶の加護はいままで過ごしてきた記憶を決して薄れさせないもの。
―忘却の加護は三段階です。
―第一段階は揺さぶりの忘却。元の世界の事を思い出して辛いようでしたら揺さぶられる感情を消去できます。
―第二段階は感情の忘却。元の世界の事は読んだことのある物語のように知識だけのものとなり、思い出に付随する感情を消去できます
―第三段階は全ての忘却。第二界での基盤が出来こちらへの未練がなくなったら、元の世界のすべての記憶を消去できます。
「え…ギフトってそれ?」「チート能力とかじゃないの?」「せめて翻訳スキルをっ」
移住組がざわつく。
―第二界で生きてゆくための力はあちらの管理者から贈られるでしょう。
―私から贈れるのはこちらの世界との繋がりを断つ手段です。
「マジか」
忘却の加護、要るか要らないかと言えば私は要らないけど、必要な人もいるんじゃないかな。
元の世界に戻りたい気持ちが起きないとは限らない。
引きずる記憶に感情が付随しないなら、移住後に多少は生き易くなるかもだし。
「……第二界管理者さんに期待する」
「戻れないんだしね…」
「異世界転移って俺TUEEEじゃないのかよ」
帰還組と違って移住組は厨二心を持ち合わせているようだ。
あ、ちなみに私はチート不要と思っている。ラノベ含むファンタジー小説は結構読んでいる方だと思うけれど、チート持ちは主人公としていろいろな困難に立ち向かったり、持てる力でトラブルに巻き込まれたりとか大変そうだ。
生きるための手段は欲しいけれど、分不相応に大きな力は要らない。面倒くさそうだからね。
モブでいい。というかモブがいい。というよりもぬらりひょん属性の私はモブの役割すらこなせないような気もする。
第二界がどんな所か分からないけれど、【安全第一】【いのちだいじに】をモットーに世界の片隅で生きていければそれで良し。
第二界が暮らしやすい場所でありますように。
―第二界での生活に幸多からん事を
その声を最後に、白い世界が目を開けていられないほどの光で満ちた。