第30話 サンダリとレーグル
これは、ずっと後になって知った事だけれど。
どこだかの大学の研究結果によると、複数の人間の顔を平均すると「美人」になるそうだ。平均する人数は多ければ多いほど良いらしい。私が願ったのは「平均的な顔」でエムダさんが「同年代の女の子の平均性を大事にする」だったので、我知らず”超美人にしてね”と言って”了解。超美人にするよ”と返事を貰ったようなものだというのは佐伯君談。
初めて鏡を見たときには勿論そんなことは知らなかったわけで。
◇◇◇
パニックになっている私をサジさんが宥めてくれているうちにエドさんが帰ってきた。
「お前ら、注目されてんぞ。いったんどっかの部屋に行こう」
「そうね。ホリィちゃん、落ち着いてね?大丈夫だから」
何が大丈夫か分からないけれど、私は二人に連れられてエドさんの部屋に入った。
「で?どうしたんだ、こいつは?」
「なんかね、お風呂に行ったと思ったらすぐに慌てて戻ってきて、自分が美人だって驚いていたのよ。そんなこと言われて、こっちが驚いたわ」
「はぁ?お前の村には鏡が無かったのかよ!?あんなスゲー魔道具があって鏡がねぇの?どんなけったいな村なんだ!――ホリィ、お前、鏡見たの初めてなのか?」
「うん。(この顔になってから)鏡を見たのは初めて。ビックリした」
「その言葉にこっちの方がびっくりだわ」
エドさんがため息をつきながら言うが、私はモブ顔のモブ市民になるつもりでいたんだよ。ビックリするよ。
「落ち着いた?大丈夫?」
サジさんが心配してくれるが、気持ちは落ち着いても大丈夫にはならない。だって、この顔は一生ついて回るんだから。どうしよう……と考えて、どうしようもない、と結論が出た。エムダさんのせいでモブというより主役級の容貌になってしまったけれど、性格的にはモブなんだからなるべく地味にひっそりと生きよう。今は考えられないにしてもこの先に恋に落ちたりした場合、この顔が有利に働くかもしれないし。
まぁ、今は愛だの恋だのより、人間関係と常識の勉強、安定職に就いてノーフラグ・ノーイベントの一般市民生活獲得が大事だ。
「鏡を見たことが無かったにしても、これだけの美人さんなんだから幼いとはいえ男からのアピールが凄かったでしょうに。それでも気が付かなかったの?」
「あ…あー、えっと」
まさか、この顔になってから一日しか経ってないとは言えない。
「サジ、その辺は突くな。コイツ、村では他人と関わっていなかったそうだ」
「え、ごめんなさい。でもなんで?常識は無いし、トラブル体質っぽいし、周囲の目も心の機微も分かってなさそうだけど、いい子っぽいのに」
ディスってるよね?フォローしてないよね?
「あら?でも、私はホリィちゃんが好きになっちゃったわよ?で、大丈夫?落ち着いたかしら?」
…フォロー?ありがとう。
「サジさん、ありがとう。ちょっと動揺しちゃったけど大丈夫。――って、そうだ、昨日はあんなところで寝ちゃってすみませんでした。クラッときて気が付いたら宿屋のベッドでした。エドさんかサジさんが運んでくれたんですよね?ありがとうございました」
二人に向かって頭を下げる。いけないいけない、忘れていたよ。
「ああ、それならエドよ。こうやって運んでたわ」
サジさんが身振りで教えてくれたのはお姫様抱っこじゃなくて俵担ぎでした……。
「エドさん、ありがとうございました。でも、もうちょっと別の運び方にして欲しかったかも」
「こうか?」
エドさん、小脇に抱えるって、それじゃ荷物だよ。
「ま、いい。それよりキルタだが」
不満げな私をスルーですか、そうですか。
話を聞くと、エドさんとサジさんは交代でキルタのアジトに詰めていたそうだ。私一人がグースカ寝ていて申し訳ない。サンダリが落ち着いていたので、詰め込まれた人たちも拘束だけは解いてあげたそうだ。
「ホリィちゃんが罪を償えって言ったら、サンダリはそうするんじゃない?」
「それって、洗脳されたままってことですよね。いいのかなぁ……。でも誘拐の上に殺人まで犯しているんだから罪は償うべきだし」
「は?殺人!?」
「なにそれ!どこからの情報なの!?」
あ…あれ?殺人容疑は知らなかった?また、やっちまいましたか、私。
エドさんの方をチラリとみると、仕方ないとでもいうように深くため息をつかれた。うん、ごめん。何に気を付けてどうすればやらかさずにいられるのかが分からないです。
「こいつ、鑑定スキル持ってんだよ。それでサンダリを見たんだろ?」
エドさんがサジさんを信用しているから、私もエドさんが知っている情報分は知られても構わないと思っているので頷く。
「サンダリの本名はレーグルって出てました。で、洗脳者で誘拐犯で殺人犯って」
「レーグル!?」
「ちょっと待ってレーグルって、あのレーグル様なの!?まさか!だって、お姿が違う!」
あのレーグルとか言われても知らんがな。有名人?
「サンダリがレーグルって人だと何か問題があるの?」
「大ありだ」
エドさんによると、サンダリとレーグルは双子の兄弟だそう。二人は神職の家系に生まれ洗礼を受けて教会に所属したが、レーグルが順調に修行を勧めて地位を上げるのに対し、サンダリは内部で誰彼構わずに諍いを起こし居場所を無くした。二十歳になる前にサンダリは教会から出奔。その後どうしていたのかは不明。当時に洗脳の力は無かったのかそれとも弱かったのか。
レーグルは10年ほど前にサラクの教会に派遣されてきたそうだ。
「レーグル様は人の心に沿うことがとても上手だったの。悩みを持つ人や困窮者に寄り添って力になって下さった。私の姉は病弱な人で悲観がちだったんだけど、レーグル様と話すようになってから物凄く明るくなってね、最期の時まで心安らかだったの」
最期――と言うことはすでに……。
「そんな顔しなくていいのよ、もう、気持ちの区切りはついているから」
サジさんがそう言って私の頭を撫でてくれた。
「サンダリがこの地にやってきたのは5年前だそうだ。俺はその頃はまだ軍にいたがな」
その頃にはレーグルはすでに別の地に移っていたそうだ。
サンダリは最初から信者を連れサラク入りし、町外れを拠点として徐々に信者やシンパの数を増やしていった。おそらく洗脳の力だろう。
そして起きる誘拐事件。
「昨日も言ったがな、被害者が犯罪を否定していてどうにもならなかったんだ」
「けど、どうしてレーグル様が……」
エドさんもサジさんも途方に暮れている。これはもう、本人に聞くしかないんじゃないですかね?
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