第3話 質問に答えてくれるらしい
―質問に答えましょう
声が響いた。
安藤さんや柳君たちのほっとした顔が見える。
「ありがとうございます。まず、ひとつ目ですが、第二界とはどんな所でしょうか?」
―そう、ですね。あなた方に分かりやすい言葉ですと”ファンタジー”の世界でしょうか
(ファンタジーだってよ)(マジか)
(えー本当にラノベ的異世界チートで無双しちゃったりできんのかなー)(俄然、行く気になってきた)
(勇者?ねー、ねー、勇者とか?)(いや、時代は生産職でしょー、やっぱ)
クラスメイト達が小声で話している言葉が聞こえる。
確かに、ファンタジーって響きいいよね。
だがしかし、流行りのラノベ的異世界チートが出来るかどうかは分かんないよ?
魔法魔術学園に通う学園ものとか、竜巻に巻き込まれて家ごと飛ばされた女の子が魔女探しに出る世界かもしれないし、鋼兄弟のように小難しい理論ありきの錬金術とか。
ひのきの棒と布の服から始まる冒険ものや宇宙から侵略者がやって来るスペースファンタジー。
麒麟が僕になって王様をやらなきゃいけないとか、ボール投げてモンスターゲットの世界もある。
森に追い出されて毒りんご食べたり、求婚者に無理難題ふっかけた挙句に月に帰るような理不尽物語だったり。
ファンタジーも色々だよね。
盛り上がっている面々を冷たく見ている一派もいる。
彼らには厨二ハートがないんだろう、多分。
周囲のざわつきが収まった頃合いで今度は柳君が口を開く。
「なぜ第二界へと招致しようとしているのですか?僕たちである理由は?」
―第二界管理者からの要請です。
―少し前に第二界を次元嵐が襲い人口が半減したために、移住者を求めているそうです。
―次元嵐は第二界の住民をその他の界へと飛ばしてしまった故にその者たちの魂は第二界の輪廻の輪に戻れず他界の輪に組み込まれてしまいました。
―あなた方のいた世界と違い、第二界は魂の生まれる頻度が低いので、ギフトを与えることを対価とし他界から第二界輪廻への定住を肯う魂を求めています。
―あなた方である特別な理由は有りません。
―要請を受けてから最初の多人数事故が偶々あなた方の乗ったバスだった、それだけです。
おおっと。
ファンタジーっていうより過疎化した地域の村おこしみたいだ。
空き家を無料で貸与、起業支援金、農地農機具貸出付の就農支援のように【うちの世界に来てくれるならギフトをプレゼント!今だけのチャンス!】みたいな。
クラスメイトの異世界ドリームも、この声だけの人の話でクールダウンした様子。
【”自分”が選ばれて】【”自分”を求められて】という厨二的自尊心を満足させてくれない身も蓋もないIターン話だったもん。
「じゃ…じゃあ、異世界で何かをしてくれとか…そういう話じゃないんですね」
―ないですね。第二界で生きてくれればそれで良いそうです。
勧誘下手か。もうちょっと心くすぐるプレゼンが出来ないもんか。
「そうですか。気が楽になったような、気が抜けたような感じですが。――ええ…と、質問を続けさせてもらっても?第二界への移住?を望んだメンバーは全員が同じ場所で生活を始められますか?」
柳君、メンタル強いね。がんばれー。
―少々お待ちください………申し訳ないですがそれは避けたいようです。この界からの招致は初の試みなのですが、同郷のものだけで固り第二界との繋がりが薄いままですと、輪廻の輪に入り込める確率が下がるかもしれないそうです。かといってこちらに戻ることは不可能なので、魂が彷徨う可能性があると。第二界になるべく馴染んで貰うためにも同一場所には5人以下、できれば3人程度での開始を願うそうです。
おお、ここにきてまた勧誘下手がきたぞ。魂が彷徨う可能性とか言われちゃって【行きまーす】ってテンションになると思ってるんだろうか。
それとも、この人は第二界への移住はさせたくないからとわざと言ってる?
私の気持ちとしては移住決定なので他人事としてやり取りを見ていられるが、みんなは与えられた条件をしっかりと吟味している様子だ。
移住の条件が最初に思ったほど良くないとしても厨二心を満足させてくれなくても、天秤の片側に乗っているのは命だからね。
秤の傾きはどんなもんだろうか。
「いま生きている人が移住を決めた場合、元の世界の体はどうなりますか?ラノ……小説で読んだことがあるのですが、自分たちの存在がなかったことになったりしませんか?」
安藤さん、いまラノベって言いかけたね。
個人的にお話したことないけど(私は誰とも個人的な話なんてしたことないけど)どんな本を読むのかなー。
自分の存在がなかったことにというのは、私にとってはハードルにはならない。
そもそも要らない子だし。
―第二界への転移が完了した後、24時間以内に心肺を停止するでしょう
OK。植物状態になってお荷物になることはない、と。
「現時点で命がある人は誰なのか教えてもらうことは…」
―それは申し上げられません。
みんながそうだよねーという諦め顔になる。
言うつもりならはっきり言って、死亡者にはこのまま死ぬか移住かの二択を迫ったほうが移住希望の確率は上がるだろう。
それを言わずに【もしかしたら生きて戻れるかも】という希望を提示したこの人は、やっぱり移住反対なんじゃないだろうか。
「元の世界に生きて戻れた人へ家族への言伝を頼むことは可能ですか?」
―不可能です。移住せず元の世界へ戻る場合、狭間での記憶は消失します。
答えを聞いたクラスメイトにどよめきの渦が広がる。
第二界へ行くのなら家族に別れを伝えることも不可。
それはそんなに大きなことかな?
3/4の確率で死亡という事実がある以上、別れの言葉も感謝の言葉も伝えられなくて当たり前でしょ。
「別の世界でだけど生きていくって伝えることもできないんだ…」
あ、そっちかぁ。
つまり、もう会えないけれど自分は生きているから安心してねって伝えたいのか。
その発想はなかった。
私が生きているかどうかなんて、家族の人たちには関係ないからなー。
みんな、愛されている自覚があるんだね。いいことだ。