第29話 長い一日でした
サンダリがキルタ教主の思想に戻ってしまうのは拙い。しかし、このまま私を聖女呼ばわりさせておくのも困る。大体、改心したからと言ってそれまでの罪が無くなるわけではないし、彼の特記には”誘拐犯”だけでなく”殺人犯”もあったのだ。その罪を償っているかどうかも分からない。
償っていたとしても、彼が人殺しであることに変わりはない。キルタを解体し、子供たちを親元に戻したとしても、洗脳のせいで私に従順になり今後罪を犯さなかったとしても、その事実は消えないものだと思う。
「どうしたらいいんでしょう?」
私が問いかけてもエドさんとサジさんは困った顔をするだけだ。どうしたらいいんだろうね?
「もう、夜も遅い。とりあえず宿にもどらねぇか?考えるのは明日に回そう。拘束している奴らも一晩くらい放っておいても構わんだろう。この男は今の状態なら逃げることもなさそうだ。あの証拠がこちらの手にある限り逃げてもどうにもならんだろうしな」
「そうね。ちょっとすぐに答えが出るような話じゃなさそう。ホリィちゃんの尋常じゃない力に関しても、今はちょっと整理がつかないわ」
頭痛の種でスミマセン。
「聖女よ、此方でお休みになってはいかがですか?寝台を整えましょう」
サンダリが言うけど、それはちょっとヤダ。また明日に必ず来ることを約束し(キルタの事をどうにかしないといけないからね)ソファから立つと、目眩がした。サジさんが向かいから手を伸ばしてくれるが背後にいたサンダリの動きの方が早く、私はサンダリに支えられた。ヤバい、体が上手く動かない。
今日はちょっとイベントがありすぎた。
バスの事故。第四界の狭間でラノベばりの話を聞いて第二界への移住。佐伯君やエムダさんとのやりとり、チートもりもりのギフト。初めての世界と初めての治癒魔法。身を守るために沢山スキルを習得もした。録音や反射などの付与魔法を連発で使った。
それと、ぬらりひょんで会話の経験があまりなかった私が、今日一日で今までの15年分よりもたくさんお喋りをした。なんて盛りだくさんの疲れる長い長い一日だった事だろう。
体もメンタルももう限界かも……。
ブラックアウトしそうな意識の中、私は今日どうしてもしようと思っていたことを思い出した。
「あ、ぱんつ……」
けれど、そのまま暗くなった意識は戻ることなく沈んで行ってしまった。
「ぱんつってなんだ?」
というエドさんの声が、沈む前に最後に聞いた声だった。
◇◇◇
「はっ、パンツっ!」
目が覚めたのは宿屋のベッドの中だった。窓の外はもうだいぶ明るい。今は何時だろう?昨夜は下着を洗って複製しようと思ってたのに、温泉も入りたかったのに寝てしまった。
宿屋にいると言うことはエドさんかサジさんが運んでくれたんだろう。お姫様抱っこかなぁ。されたことないから、ぜひ目が覚めているときに体験したかった。
昨日は本当に長い一日だった。色々とやらかしてしまったし、モブ市民への道は遠いかもしれない。でも、諦めないのだ!
自分に清浄をかけるとスッキリした。服もパリッと綺麗になっている。ベッドに入る前にしておきたかったなぁ。下着を複製しておこうか。気分の問題で水を通したいところだけれど、今やっておかないと機会を逃しそうで怖い。
とりあえずマッパになって下着一揃いに複製をかける。……あれ?コピーの方は、元の下着より低質だ。布の肌触りが一段落ちるし、繊細なレース部分が荒い出来になっている。複製って劣化コピーなの?スキルレベルが1のせいかも。試しにコピー品の方を複製してみると、更に粗悪品となってしまった。
これは、元の下着を複製マスターとして取っておいて、劣化コピーを常用したほうがいいな。
一週間分の下着コピーをし、一組を身に着けて残りをインベントリにしまう。複製レベルが上がったら完全コピーが出来るといいなぁ。
清浄で服もきれいになっているので、これも複製しておく。もちろんマスターを取っておくことは忘れない。
そして、複製したものではなく、昨日購入した服を身に着けた。やっぱりね、女の子なので毎日同じ服というのもどうかと思うのです。
食堂に降りるとサジさんだけがいた。エドさんは所用で外していて、昼には戻ってくると言う。昼食を取ってから一緒にキルタのアジトへ行こうと言うので、先ず、入浴時間を確認して温泉に入ることにした。
「ここの浴場は広くてきれいよ。ゆっくり楽しんでらっしゃいな」
サジさんの言葉を背に浮かれた気分で温泉に向かう。
家族旅行の思い出も無いしなー。ちょっと憧れだった温泉。ワクワクするなー。
残念ながら暖簾は無く、引き戸だった。【女湯】と書かれた藍染の暖簾が良かったなー、ま、そりゃ無理か。藍染ってあるのかな?
おお、誰もいない。貸し切りだ!
脱衣所は12畳くらいの広さ。筵敷のような床で右手の壁には着替えを入れる籠が入った収納棚があり、奥にはガラス戸。あの向こうが浴場だね、左手の壁際には等間隔に並んだ籐のスツールがあり、スキンケアや化粧をするためにだろうか、作り付けのカウンターと鏡があった。
昨日は忙しくてお風呂に入れなかったから楽しみだなーと思いながら浴場の様子を見ようと奥へ向かった。檜風呂?岩風呂?いやいや、リーズナブルな宿賃なんだから、掃除に手間のかかるような素材は使うまい。
何気なく左右を見ながら進んで、私は目を疑った。
私の視線の先には鏡。貸し切り状態なのだから、当然映っているのは私。うっすらと日本での姿の面影が残っている。
残ってはいるが……。
私は慌てて食堂に向かった。あ、サジさんまだいる。良かった。
サジさんに抱きついて私は訴える。
「サジさん!どうしよう!私、すごく綺麗かもしんない!!」
自惚れの強いバカ女的な台詞だと後で悔やんだが、その時はいっぱいいっぱいだったのだ。
エムダさん、話が違う。これ、平均じゃないよ!超絶美少女だよ!!
何でこんなことになったんだ………。
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